くたばれサンタクロース!
恋人としては、やっぱ声をかけてあげるべきなんだろうな。
「お疲れェ」とか「寒いね」だけでもいい。たぶんそのひと言ですぐに仲直りできちゃうと思う。カレシって、つまんないことをグズグズ引きずるタイプじゃないから。あたしはダメだなあ、なんかすぐ意固地になって、それでいつもケンカ終わらせるタイミング逃しちゃう。「ゴメン」て言えよってあたまが命令してんのに、どうしても言いだせない。なんでこんなに素直になれないのかなって自分でも不思議なんだけど、もしかしたらそれは、あたしがカレシに甘えてるだけなのかもしれない。
それにカレシのほうだってサンタのコスプレしてる姿あたしに見られんのイヤだろうなとか考えてたら、もう絶対声なんてかけないほうがいいに決まってるって思えてきて、けっきょく逃げるようにその場から離れちゃった。
外はもうだいぶ暗くなって、灰色にくすんだ空からぽってりと湿った雪がモサモサ降ってくる。この時間帯になると俄然カップルの姿が目立ちはじめて、ああ今夜はイヴなんだ、イヴなのにあたし独りぼっちじゃんって思い知らされて、ちょっと泣きたくなった。
あたしね、じつは小学校へあがるまでサンタクロースが実在するって信じてたんだ。毎年クリスマスの朝になると、お願いしておいたプレゼントがちゃんと枕もとへ置いてあるでしょ。それがすっごい不思議で、あたしはべつに年じゅう聞きわけの良い子にしてたわけじゃないのに、ちゃんと願いごとを聞きとどけてくれるなんて、無償の愛っていうか、サンタクロースってとにかく良い人なんだなあって感動してた。
でも六つになった年にパパが交通事故で死んじゃって、その年のクリスマスにはプレゼントがもらえなかったの。
どうして今年はサンタさん来てくれないのって泣きながら抗議したら、ママが悲しそうな顔で一万円札を手渡してきて、これで好きなもの買いなさいだって。そのときあたしは、ようやく気づいたんだ。サンタクロースなんてこの世に存在しないってことに……。
雪はいつの間にか小降りになって、いくらか雨も混じっていた。
あたしは無性に歩きたい気分だったから、電車には乗らないで沿線の道をトボトボ足を引きずるようにして帰った。道路に降った雪はほとんど溶けちゃって、水たまりを避けて歩くのがすっごく大変。靴下にもだんだん水が浸みてきて、ああもう、さっさと帰ればよかったって後悔しはじめたとき、車の流れが途絶えたつかの間の静けさに、微かだけど鈴の音が聞こえてきたの。
最初あたしはそれが、近くのお店でかかってる「ジングルベル」の効果音なんだって思ってた。だってそれ、シャンシャンシャンシャンっていう鈴の音、トナカイの引くソリが鳴らしてる、あの音なんだよ。
変だなって気づいたのは、しだいに音があたしのいるほうへ近づいてくるから。
えっ、もしかして本物のサンタクロース?
イヴの夜に独りぼっちでいるあたしを不憫に思って、プレゼントを届けに来てくれたの?
なあんて、そんなわけないじゃんね。サンタさんの正体はパパだったのよ。そして今は天国にいるの。
シャンシャンシャンシャン。
それでも音はどんどん近づいてくる。正体を確かめてやりたいけど、ビビリのあたしは振り返れなかった。だってもし本物のサンタクロースがいたら、そんなものが見えちゃう自分がなんだか怖いし、なにもいなかったとしたら、それはそれでやっぱり怖い。
シャンシャンシャンシャン。
鈴の音はもうあたしのすぐ後ろまで迫っていた。来る、来るって緊張しながら息を止めてたら――トナカイの引くソリが一気にあたしを追い抜いていった。ザバーって冷たい水を跳ねあげて。
……路線バスじゃん。
シャンシャン鳴ってたのは、雪道でスリップしないようタイヤに取りつけられてるチェーンの音だったのだ。
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作品名:くたばれサンタクロース! 作家名:Joe le 卓司