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くたばれサンタクロース!

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 子供っぽい空想に胸を膨らませてしまった自分が急に恥ずかしくなり、あたしは思わず「バカヤローっ」って叫んでいた。
 キンキンに冷えた空気に声は心地よく響いて、最後には真っ白い息となって夜空へ吸い込まれていった。少しだけスッキリした。反対がわの歩道にいたひとたちがチラチラこっち見てたけど、気にしないもんね。イヴの夜に独りぼっちを覚悟した女の子は、荒野をさすらうロマの詩人みたいに自由で、そして無敵なのだ。
 フシューッって、エアブレーキのかかる音がした。見ると少しさきのほうでバスがブレーキランプを点灯させ、減速しながら路肩のほうへ寄っていく。ヤバイ、今の運転手さんに聞こえちゃったかな? ごめんなさい、べつにあなたへ言ったわけじゃないのよ。
 でも違った。信号を越えたところに停留場があって、バスはそこへ停車したのだ。ドアがひらいて、寒そうに肩をすぼめたひとたちがゾロゾロと降りてくる。ちょうど対向車線のヘッドライトが逆光になって、そのすがたはみんな黒いシルエットとして映った。そのなかに、よく見慣れた痩せっぽっちの影を見つけて、あたしは息を飲んだ。からだの輪郭だけでわかっちゃう。足が長くて耳がちょっとデカイ。着痩せするタイプだからロングのコートなんて着るとヒョロヒョロに見えてしまう。クセっ毛で上のほうの髪がいっつも跳ねてる。間違いない。カレシだ。
 え、なんで……?
 あたしがなにか言うまえに、カレシのほうから息をはずませ駆け寄ってきた。右手を大きく振って、もう片ほうの手にはケーキ屋さんの小箱をさげてる。
「ああ、びっくりした。窓の外ながめてたらなんか遥香とよく似た子がいるじゃん? まさかと思ってよく見たらやっぱ遥香だし、あわててバス降りてきたよ」
「……どうして? 今夜は十時までアルバイトのはずでしょ」
「いや、それがさ」
 カレシはちょっと情けない顔になって、鼻のあたまをポリポリかいた。
「おれがあんまりソワソワしてるんで、店長に見咎められちゃってさ。なにか用事でもあるのかって訊くから、イヴの予定キャンセルして出勤したけど恋人のことが気がかりなんですって正直に答えたら、じゃあ今日はもういいから早く帰り――」
 最後まで聞かずあたしはカレシの首っ玉にしがみついた。思いっきり背伸びして強引にキスをする。横断歩道を渡ってくるひとたちのあいだから「おおっ」ってどよめきが漏れたけどカンペキ無視。カレシは驚いてちょっとのけ反ったあと、あたしの髪を優しくなでてくれた。
 シャンシャンシャンシャン鈴を鳴らし、バスが走り去ってゆく。あたしは心のなかでお礼をのべた。
 さんきゅー路線バス、今年のサンタさんはあなただったのね。
 シャンシャンシャンシャン。
 不意にカレシが唇を離し、あたしの右耳へ顔を寄せてなにか囁いた。
「……え、聞こえない。今なんて言ったの?」
 そう訊ねると、いたずらっぽく笑いながらコツンとおでこをぶつけてくる。
「フフ、教えない」
「ああっ、ズルゥい」
 あたしは抗議の意味もふくめて、もう一度カレシの唇を奪ってやった。
 でも聞こえないってのはウソ。「ごめんな」ってつぶやくのが、ちゃんとあたしのポンコツの右耳にもとどいたよ。
 こっちのほうこそ、ごめんね。
 道の真ん中で抱き合ってるのが通行の邪魔だってことに気づいて、ようやく身を離した。
 そのとたん、二人同時に「あっ」と叫んだ。
 しまった、あたしたちケーキも一緒に抱きしめてた。お店のロゴが入ったキレイな小箱が、衝突実験を終えたばかりの軽自動車みたいにペシャンコ。
「あちゃァ、やっちまったな。いちごとブルーベリーがいい具合に混ざって、スプラッター映画みたいだ」
「やだ、ごめん、どうしよう」
「しょうがない、スーパーで材料買ってもう一度おれの部屋で焼きなおそうか」
「うん、あたしも手伝う」
 なんかもう、今日は色々やらかしすぎて、恥ずかしいやら切ないやら。天国のパパには悪いけど、くたばれサンタクロースって八つ当たりしたい気分。でもこれからカレシと二人でクリスマスケーキ焼くんだって考えたらちょっとワクワクして、そしたら街の景色が急に輝きだして、ああ、なんだかこんなイヴも良いなあって素直に思えたの。


 FIN  *。☆+゚。*゚ ♡ ♂♀ ♡ *゚+゚。*゚☆+。*゚