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短編集61(過去作品)

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 という話をした。もちろん冗談であるが、その中にまんざらでもないという気持ちがある。願望には違いないが、願望だけではなく、田舎での風俗習慣の取材を進めていくうちに、どこかで女性から誘惑されるという妄想を抱いている自分がいることに気付くのだ。
 火のないところから煙は出ないというが、今までに取材した中でその雰囲気を感じたこともあった。だが、まだまだ取材記者として未熟な自分の思い込みに違いないと思うのである。
――そんなことはありえない――
 当たり前のことを当たり前に考えれば、当然であろう。
 K村に着いたその日、夜寝ていると、部屋を貸してくれた先ほどの幼く見える女の子が枕元に座っていた。
「どうしたんですか?」
 時計を見ると、十二時を回ったところ、その日は旅の疲れもあったのか、夕食を食べると、一気に睡魔に襲われた。
「田舎の夜は早いので、ぐっすりと眠るがいい」
 とおばあさんが話していた。確かに娯楽があるわけでもないので、寝るしかないのだろう。ゆっくりと話を聞くのは翌日の晩でもいいと思った。
 彼女は浴衣のようなものを着ていて、帯を解き始める。月明かりのシルエットに浮かぶ身体は、あどけない顔に似合わず、グラマーであった。胸の膨らみ、腰のくびれ、知恵を思い出す。
「知恵……」
 思わず声に出てしまった。だが、彼女は気付いているのだろうか。
「和江と呼んでください」
 小さな声が響いた。どうやら分かっていたようだ。
 暖かいからだが布団の中に潜り込む。男としての理性に打ち勝つ自信は江角にはなかった。元々理性という言葉自体あまり考えたことがない。相手が望むのであれば、男としては、
――据え膳食わぬは、男の恥――
 としか思っていない。
 まるで殿様になったような気分だ。いや、武士の棟梁というべきか。そういえば、この村にやってきたのは源頼朝伝説を調べに来たのだ。自分に頼朝が乗り移ったのではないかとさえ思えた。
 ぐっすりと眠ったせいか、目が覚めるのもそれほど時間が掛からない。まるで夢のような出来事だが、なぜかありえないことではないと、意識がハッキリしてきてもその気持ちは強い。
 いくら疲れているとはいえ、そこまで一気に眠ってしまうことなど今までになかった。そういえば、気のせいか、睡魔が襲ってきた時に、おばあさんの表情が怪しく歪んだ気がした。
――薬を盛られた?
 悪い予感があった。だが、苦しさはなく、自然と意識だけが遠のいていく。今から思えば睡眠薬だったのかも知れない。
――何のために――
 それが、娘の行動に現れているのだろうか。あれこれ考えているうちに、どれだけ時間が経ったのか、あっという間だったのかも知れない。
「抱いてください」
 その言葉に、堰は切られた。男としての本能が理性を完全に隠してしまった。自分の腕の中で蠢くように、そして敏感に反応する身体を征服したかのような興奮が次第に江角を支配していく。
「素敵……」
 女は、悦びを身体全体で表現する。初めて出会った女とは思えないほどに江角は的確に女のツボを抑えているのだろう。江角にしても、
「初めて抱く女ではないようだ」
 その気持ちが罪悪感をなくしていく。今まで裏風俗で女性を抱いて、罪悪感というよりも最後に虚しさが残ったが、和江に関しては虚しさは残らないだろう。むしろ残してしまっては、
――彼女に悪い――
 という気持ちが働くに違いない。
 江角の興奮は最高潮に達し、和江の糸を引く声を聞きながら、彼女の中で達した。次第に薄れていく記憶の中で戻ってくる静寂に耳鳴りを感じながら、和江の息遣いが胸の鼓動に反響していた。
 静かに抱きしめながら薄暗い天井を見つめている。暗さにも目が慣れ、隣でしがみついている和江の顔を見て取れる。満足そうな表情をしているように感じるのは男のエゴだろうか。
 知恵を抱いた時も隣で寄り添っている顔を見るのが好きだった。本当は、隣に和江がいる時に知恵を思い出してはいけないのだろうが、なぜか思い出す。知恵にも悪いと思っているし、もちろん、和江にも悪いと思っていても思い出すのは、男としての性ではないだろうか。
 罪悪感も後悔も虚しさもない。だが、
――やってしまったことは仕方がない――
 と思っている自分がいる。
――仕方がない――
 と考えるのは、心のどこかに後悔があるからかも知れない。だが、その時は快感に身を任せるだけだった。
 次第にまた睡魔が襲ってくる。目を開けていられなくなるが、気がつけば熟睡していて、差し込んでくる日差しの中で目が覚めた。
 和江はすでに朝の仕事に掛かっていた。朝食を作って、呼びに来てくれる。
「朝食ができました」
 その表情はあどけなさだけであった。昨日のことがまるで夢のようなのだが、身体の奥はハッキリと和江の感触を覚えている。
 翌日からさっそく源頼朝の研究に掛かった。数日間で少しずつ分かってきた。その間、毎晩和江は自分の寝床にやってきては、抱かれていた。不思議なことに毎晩、初めての日の繰り返しのように思えるのだが、その毎日のある瞬間、
――以前、ずっと前にも同じように抱いた記憶があるんだが――
 と、思えて仕方がなかった。どう考えても彼女が江角を誘惑している以外に考えられない。
 この村に伝わっているのは、いろいろと調べてみると頼朝個人だけではなく、妻の北条政子も絡んでいるようだ。
 北条政子といえば、「尼将軍」と呼ばれ、夫の死後も幕府を守った気丈な女性として有名だが、実は嫉妬心が人並み以上で、かなりいろいろな女性から恨みを買うこともあったと聞いている。
 夫の頼朝が浮気性だという話も聞いているが、将軍たるもの色を好むのも当たり前というもの、それを大袈裟にしているのは、妻の政子の存在ではないだろうか。妻がいなければ、ここまで大袈裟になることもない。
 知恵を思い出していた。
 北条政子の顔をハッキリとは知らないが、知恵が北条政子にでもなったかのような夢を見た。
――そういえば、知恵は嫉妬深かったっけ――
 以前、
「あなたは人の誘惑に引っかかりやすそうなので、気をつけてね」
 と言われたことがあったが、自分としては誘惑されるタイプではないと思っていたので、それほど気にしていなかったが、今から思えば誘惑の罠が多かったように思う。
 和江の誘惑を知恵に知られたくないという思いと、和江を抱いていると、不思議と知恵だけを思い出す。それ以外の女性を思い出すことがないような、そんな身体に変わっていくような気がしていた。
 男にとって実に都合のいいことだが、実際にそう思えてならない。
 北条政子の嫉妬深さにこの村の先祖は滅ぼされた。だから、この村に来る弾性には幸せになってもらいたいという気持ちが篭められていると、取材最後の日に、おばあさんが話してくれた。
「この娘は、頼朝公の寵愛を受けた娘の子孫じゃからの」
 笑いながら話しているが、まさしくそうに違いない。
 帰ってから、知恵一筋になった江角を知恵は喜んで迎えてくれる。
 村の本当のことは記事にはできなかった。
――北条政子と源頼朝――
作品名:短編集61(過去作品) 作家名:森本晃次