短編集61(過去作品)
薬とエネルギー
薬とエネルギー
世の中のエネルギーについて、普通の人は考えることはないだろう。地球のように勝手に動いているものの上に乗っかって生活をしている。学校だったり、会社だったりという小さな世界を範疇に、そのまわりはあまり気にすることはない。
自分のことで精一杯、人が固まって生活していると、一人一人がエネルギーを持つということを忘れているのではないかと感じてしまう。グローバルな視点で見ることのできない人を最初は悲しいと感じていたが、最近ではそれが当たり前だと思うようになっていた。
人を好きになるということがどういうことなのか分からない。分かっていたはずなのに分からなくなってしまった。
最初から分かっていなかったのだろう。だからこそ、あんなものに手を出して、自分を見失ってしまったのだ。だが、気付いてみれば今の自分が本当の自分。薬のおかげといえないこともない。
薬というのはエネルギーを抑制するもの、それとも爆発させるもの。そのどちらでもあるかも知れない。エネルギーが見せるもの、それは夢かはたまた現実か、知っている人などどこにいるであろう……。
とにかくゆっくり考えたい。谷口はベッドの上で、窓の外を見ながら、絶えず考えていた……。
山崎は大学の研究所で勤務し始めてどれくらいになるだろう。
大学院からそのまま研究所に残り、教授とともに研究を重ねて来た。教授の研究はほとんどエネルギーと物質の関係についてのもので、助手であっても、その考えが漠然としたものだという気持ちを拭えないでいた。
大学教授などという人種は、変わり者が多い。もっとも、何か専門的な職業の人は大なり小なり変わり者が多いのではないだろうか。
専門的な職業の人は、そのことには誰にも負けたくないという気持ちが強い。他のことはともかく、専門分野だけは誰にも冒されたくない気持ちで占領されているといっても過言ではないだろう。
教授もその一人だった。同じように研究をしている助手にさえも、本音を明かすことはない。心の中を見透かそうとして見えない人は、どこか魅力的でもある。そんな教授が羨ましくなる助手もいることだろう。
教授は大学での講義の時間も持っている。それほど研究に時間を費やせるわけはないのだが、密かに研究を続けているらしい。
研究費は、どこかから出ているようで、時々、料亭に招かれていた。そこで誰と会っているかは……、誰にも分からなかった。
研究に関しては、それなりに進んでいた。助手にはそれが何の研究であるかは、ハッキリと分からない。教授の性格なのか、バックから口止めされているのか分からないが、助手であろうと明かされることはなかった。
助手としては物足りない。山崎もその一人だった。
毎日の研究所暮らしで、最近は特に研究所が狭く感じられるようになった。
研究所はかなり古いもので、大学の建物がどんどん新しいものになってくるのに、ここだけが古いままだ。
「これでいいんだ」
教授は気にしていない。むしろ、下手に改装ということになって、研究資料などを移動させなければならなくなることを嫌った。ただでさえたくさんあって、何がどこにあるか分からないような状態なので、動かしてしまうと、それこそ訳が分からなくなってしまうであろう。
研究所に入るまで、
――よくこれで整理整頓できるな――
と思っていたが、実際には、教授の個性であった。別室ではコンピュータに研究内容は保存されていて、数人の助手がまかなっている。だが、それも一人で行うのではなく、それぞれを分担しているので、打ち込んでいる方も内容がいまいち分からない。
それこそ教授側の計算だった。助手にもハッキリとした研究内容を明かさない。それが教授の個性であり、教授として研究を続けていくには、そこまでしなければならないのかも知れないのだろう。
助手をしていても、いずれは教授となって、自分も研究室を持ちたいという思いで一杯になっている。
それは誰もが思うことで、何のために研究所に残ったのか分からない。一般企業に就職しても研究所はあるだろう。だが、企業というとどうしても収益を考えると営業優先になってしまいそうで、しかも営業と技術ではなかなか意見が合わないこともある。
実は先輩に一般企業の開発室に就職した人がいた。その先輩はとにかく開発することにかけては、三度の飯よりも好きなので、天職だとまで話していた。
「モノを作り出し、それを評価してもらえればそれでいいのだ」
と言っていたのだ。
企業に雇われていると、どうしても経費の問題が頭打ちになってしまって、なかなか成果が上げられないとも嘆いていた。
だから、大学の研究室に残ることを選んだのだが、それは一般企業も大学の研究室も変わりなかった。
大なり小なり仕事に悩みは付き物だ。あまり深く考えることもない。山崎は自分が感じた道を進めばいいのだった。
研究所には思ったより人がいなかった。
「この研究所では一年もてばいい方なんだよ。教授が変わり者でね」
という話を聞いていた。
最初に入ってきて、いきなり聞いた話なので、さすがに戸惑ってしまったが、最初からそんな予備知識を与えられたことで、却って教授に対して違う目で見れたことが幸いしたのだろう。
――それほど変わり者ではないではないか――
研究所に残って研究をしようという人間は、大なり小なり変わり者なのかも知れない。いや、変わり者はここ以外の連中で、自分たちが正常だと思っている人の集まりと言ってもいい。何が正常で、何が変わり者なのか、その尺度がどこにあるのか、釈然としないものを感じながら研究員は開発を続けているに違いない。
研究も開発である。研究の成果から何かを発見し、そこから発明に結びつくことだってある。山崎はそれを望んでいた。
企業に進めば完全な開発である。それも利益の出るものの開発であり、ある程度開発したものでも実用化されるものは制限されるに違いない。
大学だとてそれは同じことだろうが、少なくとも、もう少し融通は利くだろうと考えていた。
それにしても古い機材や研究室にはウンザリしていた。
「こんなところで満足な研究ができるのだろうか?」
だが、しなければいけなかった。私立大学なので、きっと研究が実れば、ここにも予算を組み込んでくれるはずだと山崎は信じて疑わなかった。
教授との相性は悪いものではなかった。最初は、
――堅物でどうしようもない――
と、それこそ一年どころか、半年もてばいいと思っていたが、半年もてば、一年頑張る気になって、さらに一年が経てば、もう少し頑張る気になった。自分の中で期間を区切ってみたのが功を奏したのかも知れない。
だが、こちらがある程度我慢しながらでも歩み寄りを見せると、相手も次第に瓦解してくるもので、いつの間にかお互いに頼るようになっていた。信頼関係がないと相手への依頼心などない。
「依頼心はその人のためにはならないものだ」
として、依頼心は悪だと考えられ、教えられてきたが、信頼関係に基づいた依頼心は、研究所などでは必要なものだ。頑固なだけではやっていけないからである。
作品名:短編集61(過去作品) 作家名:森本晃次