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のっぺらぼう

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 医療を志す人間に、どうしてここまで他のことに熱中できる時間があったのかと思うのだが、ドクターは特別だった。どうして自分がドクターをしているのか分からない。ドクターというよりも、SFや超常現象などにはやたらと詳しい学生だったのだ。
 自分がなぜ今ドクターをしているか分からない。ドクターをしている時はまるで自分ではないような気がするくらいで、すべてが他人事のようだ。特にドクターの性格だと、他人事の方が、仕事がうまくいくのかも知れない、客観的に見るという意味では、ドクターは長けていた。
 趣味に関しては、もちろん、客観的ではない。どうしても主観が入ってくるが、出来上がったものを客観的に見ることができれば、それだけいい作品に仕上がるというものだ。執筆も絵画を始めたからやめたわけではない。むしろ、絵画を始めて、想像力が増したことで、作品の膨らみも増したと思っている。
 絵画を挿絵にして使うのが最初の目的だったが、挿絵だけでは物足りない。そう思っていると、今まで見てきたことが走馬灯のようによみがえってくる。何かを見ながら描くというだけではなく、空想絵画も描けるようになった。それがドクターには嬉しかったのである。
 空想絵画はとどまるところを知らない。一度描き始めると、勝手に指が動いて、絵筆がキャンバスの上で縦横無尽に走り回っているようだ。それは小説を書いている時と似ている。小説も書き始めると、ある程度のところまでは一気に書けるのだ。書いているうちに発想が生まれ、次々と先に進んでいく。それが小説に対しても絵画に対しても、ドクターにとって共通の長所なのだと思っている。
 ただ長所の隣りあわせに短所もあり、どんどん書けるということは、それだけ内容の濃さが失われているのではないかと感じ、そのあたりが危惧される。それでも途中で立ち止まってしまえば、そこで先には進まなくなる。まずは書き上げた後に、推敲や、修正を加えるしかないようだ。
 しかし、推敲というのはドクターのもっとも苦手なところで、性格的に猪突猛進なところがあるせいか、自分の作品を見直すのは苦手である。どうしても贔屓目に見えてしまう。客観的になれない理由でもある。
――うまくいかないものだ――
 客観的になれるから、ドクターができているのだろう。ただ、精神疾患のドクターだから勤まるのかも知れない。いや、彼だから勤まるのだろう。他の人だとそうはいかない。ドクターは自分でも分かっていることだった。
 ドクターにとって、ここが最終章であることも分かっていた。だが、それ以外の事実は何も知らない。何もないと思っている。ここが一番いい居場所で、患者を自分の考えたストーリーの記憶を埋め込めればよかったのだ。
 誰もがここにくれば「のっぺらぼう」で、「名無しの権兵衛」なのだ。名前などあとで勝手につけられる。一人だけ名前をつけておけばそれでよかった。その一人が浅間さんであったのだ。
 浅間さんは実によくドクターの「助手」を務めてくれた。この病院のスポンサーもドクターの好きなようにさせてくれている、洗脳というのは機械だけがあってもダメなのだ。生身の人間が必要で、彼によって洗脳という意識が機械に植え付けられないと成り立たない「技術」であった。
 大きなプロジェクトが影で動いていた。そして、ドクターは名前がない。暗い部屋で一人になると、シルエットに浮かぶその顔は、「のっぺらぼう」であった……。

                  (  完  )



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作品名:のっぺらぼう 作家名:森本晃次