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のっぺらぼう

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 炎立つ
  かすかに揺れる蝋の先
   風なき夜のもの静けさかな

 生暖かい空気に包まれた室内では、異様な空気が充満していた。アンモニアのような鼻を突く臭いに、頭の芯が刺激を受け、深い眠りから目を覚ましたかのような感覚は、なぜか懐かしさを含んでいた。遠くで響く警鐘は、空腹時に感じたものであり、全身から吹き出す汗が倦怠感を呼び起こすようだった。
 そこは病院の一室。目を覚ましたというのに、そばには誰もいないように思えた。左腕と頭が締め付けられる思いと、脈を打つほどの熱さを最初に感じた。左腕は重みを感じたので見てみると、白い包帯をグルグル巻きにし、楕円形がダサく見えた。ギブスを嵌められ、三角巾で保護されていたのだ。
 頭も包帯が巻かれているようだ。顔の節々が痛いことから、顔面にも傷があるのかも知れない。頭にまかれた包帯が気になって、早く誰かが入ってこないか待っているところだった。
「目が覚めましたか?」
 シーツを片手に白衣が眩しいナースが入ってきた。スレンダーな体系なのに、身体のふくらみを十分に感じさせる雰囲気は彼女自身の魅力なのか、ナース服の魔力なのか分からない。ただ、彼女を見ていれば「白衣の天使」という言葉もまんざら大げさなものではないように思えた。
「はい」
 返事は元気だが、怯えは明らかに相手に伝わっているのだろう。
「大丈夫ですよ。もう心配いりませんからね」
 と、安心させてくれたが、さっきまで寝ていた私には、何が何だか分からずに、
――心配って何を?
 としか思えないのだった。
「お母さんたちも、もうすぐ見えますからね」
と、言う言葉に、私はハッとしてしまった。
「えっ」
――お母さんって、二年前に亡くなったはずだよ――
 という言葉が喉の奥で引っかかっている。
 三年前に引っ越しをして、父が単身赴任で家から通勤できる距離ではなくなってから一年も経たないうちに、母親が死んだことは父をビックリさせた。身内だけで公にはされなかったが、実は自殺だったようだ。もちろん、警察の捜査も入ったが、別に不審なところもなく、単純な悩み、それもストレスからの悩みという平凡な内容で片づけられたものだった。火葬場にも付き添ったのだから、母が来るなど信じられることではない。
 何よりも、自分がなぜ今、病院のベッドの上で目を覚まさなければならないのだろう。それ以前の記憶がないわけではないが、まったく違う記憶であった。想像するのも奇妙なくらいなので、口になど出せるものではないだろう。
 空気に懐かしさを感じるのは、最近よくケガをすることがあり、外科に通うのが日課になっていたからだ。体育の時間に手を脱臼したり、躓いて深い切り傷を作ったり、車に轢かれそうになり、溝に落ちて指の骨が折れたこともあった。
 しかし、それらはすべて紙一重、寸でのところで大けがを回避していた。不幸中の幸いともいうべきであろうが、本人にしてみればたまったものではない。冷静に見て不幸中の幸いなのだから、神様に感謝すべきなのだろうが、こう立て続けでは神の姿も見えることはなかった。
 私は中学二年生。来年には初めての受験を控えて、そろそろ神経質になりかかっている、どこにでもいるような目立たない少年だ。
 学校には好きな人はいても、付き合ったことはない。憧れは異性を感じ始めるよりも前からあり、好きな人に対しては女性としてというよりも、頼りがいのある人に見えていた。元々自分から人を好きになるタイプではない。少しだけ気になっていたら、おせっかいなクラスメイトから。
「お前、あの娘が好きなんじゃないのか?」
「えっ」
「赤い顔して照れなくてもいいって、全部お見通しさ」
 にやけた顔があまり好きになれない悪友から言われると、その気がなくても、その女性のことが気になってしまう。確かに好まざる相手というわけではない。言葉では表現できない魅力は、他の人では感じることのできないものだという何の根拠もない自信のようなものがあったのだ。
 ただ憧れの目で見つめているだけでよかった。悪友に言われるまで気付かなかったが、彼女の魅力は清楚さだった。全体的に見ているだけでは本当の魅力は分からないのだろうが、最終的に、魅力は清楚さに落ち着いた。
 憧れだけで口もきいたことがなかった。口を利く機会があったら、どんな会話になるのかを想像してみたが、想像の及ぶものではなかった。ただ彼女の横顔や後姿を見ているだけで至福の喜びを感じることができる。しかもそれは前からの姿ではないところが、実に私らしいではないか。
 引っ込み持参で、目立たない性格と言われればそれまでだが、ただ臆病なだけである。人とまともに話をすることもできないでいると、話しかけてくるのは悪友だけだった。彼にしても親切心から話しかけてくるわけではなるまい。
「俺がいないと、あいつは一人じゃ何もできないのさ」
 と、言わんばかりの自信を裏付けることしかできない私は、実に情けなく思う。彼を利用してやろうというくらいのふてぶてしさを持てれば、どんなに違う人生が芽生えたことだろう。目立ちたいというわけではない。ただ、今の生活を変えたいと思うだけだったのだ。
 一人でいるのが一番気が楽で、人と一緒にいると気を遣うことだけで疲れ果ててしまう。それなのに、女性と付き合うなどできるはずもないだろうに、なぜか気になってしまうのだ。ただ、今まで気になった女性のほとんどは「頼りがいのある女性」で、姉のような存在の女性をイメージしていたのだ。
 今好きな女性は今までとは少し趣きが変わっている。「頼りがい」というよりも、逆に自分を頼ってくれそうな雰囲気の女性である。それだけ自分が男としての本能に目覚めたのかとも思ったが、声を掛けられないのは同じことだった。同じ声を掛けられないといっても、様子はかなり違う。今までの女性には、もし話しかけて嫌な顔をされても次回にはあっさりしているように思えるのだが、彼女の場合は、睨み返してきそうで、その顔を見た瞬間、私の彼女への運命はそこで終わってしまいそうだった。
 いや、終わってしまうのではなく、さらに最悪になる。睨み返してきた表情が頭から離れず、今後の自分の人生に少なからずの悪影響を与えることは分かっている。下手をすると、女性恐怖症に陥るかも知れない。
 そんな自分の落ち込んだ表情を想像するのは困難だった。だが、表情さえ見なければ、様子だけなら容易に想像はつく。それほど私は自分に対して自信が持てないのだということを思い知らされることが時々あるのだった。
 この病院のナースを見ていると、スレンダーな身体は魅力的だが、それは病院という独特の場所が見せる魅惑なのかも知れない。病院という場所にいるだけで急に熱が出てくるような気がしてくるのは、小学生の頃、いつも風邪をひいて、熱を出していたからだ。
 特に潮風に弱い私は、海水浴に連れて行ってもらった翌日は、いつも風邪をひいていた。熱が出ることもあり、頭がフラフラしてしまった時に、前の日の海の匂いを思い出す。それまで熱がなくとも、海を思い出してしまえばもういけない。熱が出始めるまでには秒読み状態だった。
作品名:のっぺらぼう 作家名:森本晃次