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⑦冷酷な夕焼けに溶かされて

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私が腹にいることも知らなかったし、産まれても子として受け入れることもなかった!
私が帝国の役に立たなければ、望んで産んだわけでない私など、邪魔な存在でしかなかった!
あやつにとって『ミシェル』は『役に立つ存在』…だから我ら双子にひとつの名しか与えなかった。
役に立たない方は、消すつもりだったからだ!」

ミシェル様の表情からも、口調からも、声色からも…その全てから踏みにじられてきた悲痛な想いがひしひしと伝わってきた。

「…だから、民に下りたいのですね…。
ひとりの人として名前を得て、あなただけの人生を送りたい…そういうことなのですね?」

そっと、ミシェル様の手を握る。

すると、その手をパッとふり払われた。

「触るな。」

「ミシェル様…。」

先程、あんなに情熱的な接吻けをしてくれたのが嘘のように、夕焼け色の瞳は冷えきっている。

「おまえはいつも善意をふりかざして、私の邪魔をする。」

言いながらミシェル様は目を鋭く細め、私を嫌悪する表情で見下ろした。

「こんな…酷い目に遭いながらも、決して私情に…私怨にふりまわされない…。」

ミシェル様の揺れる瞳は、私の殴られた頬、両刃の猿ぐつわで切れた口角をなぞっているように見える。

「私は、そんなおまえが嫌いだ。」

「っミシェル様!」

私は慌てて、その足元に膝をついた。

「私はただ、あなた様がご生母を手に掛けたこと、いつか必ず苦しむことになると思えばこそ…」

「苦しむことなど、絶対にない!」

ミシェル様は私の言葉を遮ると、身を屈める。

「正直、この国の展望や世界のことなど…どうでもよい。
そんなことは、今後この世界のどこかを統べる兄やおまえ達が考えればよいことだ。
私は…私は早くあやつの呪縛から解き放たれて、ひとりの人間として生きたいだけなのだ。」

そう言いながら、乱れたマントをていねいに私の体に巻き付け直してくれた。

「あやつがいる限り…私は孤独だ。
私と関われば、必ず利用され殺される。
だから、私は誰とも深く関わりたくないし、関われないのだ。」

私はマントから手を離そうとしたその手を掴むと、すがるように身を寄せる。

「私は、そのようなことに屈しません。
何があっても、おそばに」

「迷惑だ。」

厳しい声色で、一刀両断にされた。

ミシェル様は私の手をふり払い、立ち上がる。

「これから民に下ると言ったであろう。
そんな私に、一国の姫を養えるはずがない。
何の権力も金も持たぬ私のそばにいて、何の得がある?
善人ぶらず、兄の後宮かルイーズに…っ!」

パンッ、と乾いた音が広い室内に響く。

私の手のひらはジンジンと痺れ、ミシェル様は頬をおさえてこちらを見た。

「馬鹿に…しないでっ。」

声がふるえる。

そして視界がにじむ。

ぼやける視界で、こちらを見つめる彼がゆらゆら揺らいだ。

「あなたが王だから…権威があるから、傍にいたいのではありません。
お金があれば、優雅な生活が送れれば幸せだなんて、そんな女だと思われていたなんて…!」

頬をぬるい涙が伝う。

それでも、私は彼を見つめ続けた。

「私は、あなたが好きなんです。
冷酷に見せかけて実は誰よりも優しい…天才と呼ばれる影で実は誰よりも努力を重ねてきた…そんなあなたが好きなんです。」

嗚咽が漏れそうになり、私は両手で顔を覆う。

「私の傷だらけの背中を見ても嘲笑わず、むしろ戦場へ立たされてきた私を気遣ってくれたのは、あなただけでした。」

そこで気持ちを落ち着けるように、ひとつ息を吐いた。

「私は、拾われ子なのです。」

ミシェル様が目を見開く。

マル様も、カナタ王子も、リク様も…皆、驚いた表情で私を見た。

「どういう…ことだ?」

珍しく、ミシェル様の声がふるえている。

「私は、傭兵の…女剣士の娘なのです。」

兄も知らない真実を、初めて告白した。

目の前の四人は、呆然とした様子で私を見る。

その時、星一族の3人が同時にピクッと反応した。

一斉に扉を見たかと思うと、カナタ王子が私を、リク様がミシェル様を抱え上げる。

「その話、詳細は本営で!」

リク様の言葉が終わる前に、扉が開いた。

「いたぞ!!」

一斉に帝国騎士達がなだれ込むのと同時に、星一族の3人は窓の外へ身を踊らせる。

「きゃ…あぁっ!」

千針山で体験した浮遊感に、悲鳴が漏れた。

「大丈夫です。お任せください。」

とてつもない高さから落ちているはずなのに、マル様は私を抱えるカナタ王子と同じ高さにいて、優しい笑みを向けてくれる。

ミシェル様を抱えているリク様へ目を向けても、やはりまるで地に足がついているかのように涼しい顔で落下していた。

「少し衝撃がきます。
舌を噛まないように。」

マル様の声と同時に、予告通りの衝撃がくる。

どうやら城の出窓を踏み台に利用して、落ちる速度と方向を調整したようだ。

千針山越え以上の、想像を絶するその身体能力に、改めて星一族の恐ろしさを知る。

その後も何度か城の一部や樹木などを利用しながら軽々と帝国の包囲網をすり抜け、気がつけば城外に出ていた。

「麻流!」

久しぶりに聞く澄んだ声と同時に、まばゆい金髪がマル様に覆い被さる。

小柄なマル様は金色の光に包まれて姿が見えなくなったけれど、そのうち深い接吻けを交わす艶かしい音が聞こえ始めた。

「はぁ、まーた今夜も激しそうだねー。」

聞き覚えのある声がしたかと思うと、目の前のカナタ王子の肩にぽんっと手が乗る。

「おつかれ、奏。」

軽やかな声の主は、そのまま私の顔を覗き込んだ。

「お久しぶりです、ニコラ姫。」

「リオ王子…。」

カレン王によく似た華やかな笑顔に、ようやくここがもう本営なのだとわかる。

(いつの間に…。)

あっという間の脱出にまだ思考が追い付かないけれど、安全なところへ戻れた安堵に全身から力が抜けた。

「ニコラ!!」

掠れた声と同時に、カナタ王子の腕の中から奪うように抱きしめられる。

「無事で良かった…!
捕らえられたと聞いた時は、生きた心地がしなかったぞ!!」

加減のない剛力で抱きしめられ、私はあまりの痛さに膝蹴りをした。

「っぐ!」

ルイーズの下腹部に見事に命中したようで、その腕の力がようやく緩む。

「今の方が、生きた心地しなかったわ!」

するりと抜け出した私を、ルイーズは涙目で見上げながら白い歯を見せて爽やかに笑った。

「思ったより元気で…安心したよ。」

そして、ミシェル様が掛けてくれたマントの上から、ルイーズもマントで包み込んでくれる。

「命あってこそだ!」

カラッと笑っているけれど、きっとルイーズは私が凌辱されそうになったことに気づいているのだろう。

ぐりぐりと頭を乱暴にかき混ぜながら、その笑顔は微かにひきつっていた。

「ニコラ姫、傷の手当てをしましょう。」

マル様が、ルイーズの背後から声をかけてくる。

(カレン王と熱い抱擁を交わしていたのに、いつの間に…。)

そっとカレン王のほうを横目に見ると、頭をさすりながらミシェル様と談笑していた。

どうやら、マル様に叱られたようだ。