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⑦冷酷な夕焼けに溶かされて

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覇王の命


頭の芯を痺れさせる、カナタ王子の声。

中和剤を飲み、耳栓をしているのに、心が支配されたのがわかる。

無意識に、いつの間にか私もミシェル様も立ち上がっていた。

帝国騎士達も、操り人形のように一斉に覇王をふり返る。

「お…おまえ達…!」

覇王が後ずさると、その間合いを詰めるように騎士達が一斉に足を踏み出した。

(これが…色術。)

考える力を奪われ、心も体も全て支配される。

けれど、こんな形で覇王を葬って、本当に良いのだろうか。

覇王がいなくなった後、帝国はどうなるのか?

ミシェル様の双子の問題もある。

帝位をどちらが継ぐのか、またここで星一族が覇王を討ち取った時の、おとぎの国や花の都との覇権問題…。

そして何より、ミシェル様にとって覇王はご生母。

目の前で殺されるなんて…。

「待って!」

気がつけば、私は帝国騎士達と覇王の間に飛び込んでいた。

「ニコラ姫!?」

マル様が珍しく驚いた様子でこちらを見る。

カナタ王子も目を見開き私と視線が交わったけれど、慌ててすぐに目を逸らした。

「覇王様を殺しては、ダメです。」

「っ馬鹿か、おまえは!?」

ミシェル様が騎士達をかきわけて、私の腕を掴む。

そして乱暴に抱き寄せられた瞬間、背後で舌打ちする声が聞こえた。

驚いてふり返ると、覇王が短剣を手に私を睨んでいる視線と絡む。

「もう少しで、人質にできたものを。」

「っ!」

せっかくミシェル様達が助けに来てくれたのに、私はまた彼らを不利な状況に追い込むところだったのだ。

「ごめんなさい…。」

反省し頭を下げたけれど、やはり覇王を葬ることは納得できなかった。

「でも、覇王様を殺すのは、ダメです!」

ミシェル様の両腕を掴み、その夕焼け色の瞳に訴えかける。

「こいつがいなくなれば、全て終わるんだ!」

ミシェル様は私の手をふり払うと、剣を持ち上げた。

「それは違います!」

咄嗟に近くの騎士の手から剣を奪い、その剣先を弾く。

キィンッと耳をつんざく音が石の床や壁に反響し、その音で騎士達の瞳の色が戻った。

「ちっ。」

カナタ王子が舌打ちをする。

「一旦、撤収。」

マル様の言葉と同時に、黒装束の集団がどこからともなく現れた。

「失礼。」

艶やかな低い声と同時に、体がふわりと浮く。

肩に担がれたと気づいた時には、目にも止まらぬ早さで地下牢を駆け抜けていた。

あっという間に追手を撒いたのか、背後から聞こえていた足音はもう聞こえない。

「こちらです。」

カナタ王子は私を床に降ろすと、素早く空き部屋に入った。

いつの間にかたくさんいた黒装束も姿を消し、部屋にはミシェル様とマル様、カナタ王子と私の四人だけだ。

「理巧(りく)へ繋ぎを。」

マル様の指示にカナタ王子は頷くと、おもむろに忍刀の刃を柄に押し当てる。

そしてそのまま勢いよく引き、ギインッと弦楽器のような音を立てた。

「っ!これはルーチェで、毒薬を飲まされそうになった時に聞こえた…。」

「ああ…聞こえていましたか。
これは、使役動物への合図のひとつです。
あの時は私ひとりで潜入していたのでふたり同時に助けることができないと判断して、ペーシュを使いました。」

この音が響いた瞬間、ペーシュが帝国のミシェル様の手に噛みついたのだ。

(そしてその直後…ペーシュは…。)

淡々と説明してくれたマル様から目を逸らした時、ばさばさっと大きな羽音が聞こえる。

「風(ふう)。」

マル様が腕を伸ばすと、そこへ梟が降り立った。

「理巧に、援護要請。」

マル様の指示がまるでわかったかのように、梟はホーッと一声鳴くと、すぐに窓から飛び去る。

「すごい!」

まるで人の言葉を理解しているようなその様子に感嘆の声を漏らすと、マル様がこちらへ向き直る。

「風は今いる使役動物の中で経験が一番豊富なので、ほぼこちらの指示を正確にこなせます。」

相変わらず淡々と教えてくれるけれど、その表情は硬く、声色も低かった。

「さ…理巧が迎えに来るまで、先ほどの行動の理由を聞きましょうか。」

腕組みして私を見上げる表情は見たことがないほど冷ややかで、マル様が怒っていることに初めて気づく。

その威圧感は凄まじく、こんなに可愛らしいけれどかつて最恐の忍と恐れられていたという事を今更ながら実感した。

私は、その迫力にのまれないよう深呼吸をする。

そうでないと、私の想いをしっかりと伝えられないと思ったからだ。

「先ほどは、計略を邪魔してしまい、申し訳ありませんでした。」

私は、マル様とカナタ王子に向き直り、頭を下げる。

「でも、やはり覇王を今は手に掛けるべきでないと思います。」

ミシェル様を真っ直ぐに見つめて告げると、端正な眉間に皺が寄った。

「どういうことだ。」

怒りを露にしながらも、私の考えをきちんと聞いてくれようとするミシェル様やマル様、カナタ王子に、私は先ほど考えたことを素直に伝える。

「覇王を葬ることを『終わり』でなく『始まり』にしないと意味がないと思ったのです。
ただ覇王様を消すことだけが目的では、更に今後この世界を混乱に陥れるだけではないかと思うからです。」

私の言葉に、ミシェル様の瞳が揺らいだ。

「それに、先ほどのカナタ王子の色術を見る限り、実は星一族はいつでも覇王を消すことができるのではないですか?」

マル様とカナタ王子を交互に見つめると、二人は互いをチラリと見る。

「それなら、まずは今後、帝国をどうしていきたいか、世界の中でどのような国にしたいのか、それらを考えないといけないのではないでしょうか。
そして展望が固まったら、それを実現するにはどちらのミシェル様が後継するのが良いのか、もしくは覇王を葬った星一族が覇権を握り、帝国をおとぎの国か花の都かに併合し統治していくのが良いのか…そういう具体的な事をきちんと話し合って決めたほうがいいと思うのです。」

「そうですね。」

突然、艶やかな低い声が背後でして、驚きのあまり飛び上がった。

「驚かせて、すみません。」

パッと後ろをふり返ると、リク様が優雅に頭を下げる。

(全く、気配を感じなかった…。)

忍とはこうも気配を消せるものかと、改めて恐ろしくなった。

「私も、ニコラ姫の考えに賛成です。
今一度、冷静に話し合う必要があると思います。
二人のミシェル様を交えて。」

最後に付け加えられた言葉に、私たちはハッと顔を上げる。

「…何度も言うが、私は覇王になるつもりはない。」

ミシェル様は、リク様を見つめてはっきりと告げた。

「私はただ、両親と楽楽(らら)、そして近衛や後宮の女達…覇王に殺された皆の仇を討ちたいだけだ。
覇王を消した後は兄に全てを委ね、民に下る。」

(『民に下る』。)

まさか、ミシェル様の口からそんな言葉が出るとは思わなかった。

「両親…。
確かに育ての親はルーチェ王妃ですが、あなたのご生母は覇王ですよ?」

「あやつは、母などではない!」

リク様の言葉を、ミシェル様が即座に否定する。

「あやつの腹から生まれたのだとしても、あやつはただ産み落としただけだ。