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⑦冷酷な夕焼けに溶かされて

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色術の使い方


「どういうことじゃ!」

烈火のごとく激怒した覇王が、私を組み敷こうとしていた騎士達を撥ね飛ばし、私の胸ぐらを掴む。

「…。」

(宝石(いし)は今、私の指にあるけれど…。)

けれど、これ以上の情報を与えるつもりはない。

貝のように固く口を閉ざした私を、覇王は殴り付けてきた。

何度も何度も頬を拳で殴られ、口内に血が溢れるけれど、私は覇王から目を逸らさず、ジッと見つめ続ける。

「この女!!」

思い切り、床に叩きつけられた。

恐らく、覇王も頬を殴る手が痛くなったのだろう。

硬い石の床で背中を強打し、その衝撃で、殴られて痺れている頬に一際ジンと痺れが広がるけれど、戦場に立っていた私にとって、この程度は何でもない痛みだった。

だから、私は覇王から目を逸らさない。

「可愛いげのない…。
やはり、拷問じゃ!!」

悔し紛れに最後に拳で私の頬を殴った覇王は、そのまま立ち上がると周りの騎士に命じた。

「犯せ!
こんな女は、犯すのが一番じゃ!
覇剣の在りかを詳細に吐くまで、犯せ!!
吐かせた者には、望むものを与えよう!」

覇王の煽りに呼応した帝国の騎士達が、一気に興奮する。

獣のように一斉に襲い掛かられ、私は声にならない声で悲鳴をあげた。

着ていた服を引き千切られ、あっという間に素肌を露にされていく。

「ほほほ…やはりおまえがヘリオスじゃったな!
その傷だらけの体が、それを証明しておるわ。」

覇王が愉しそうに夕焼け色の瞳を細めた時、突然ひとりの騎士が私と男達の間に割り込んだ。

そして、なんと素肌の両肩を乱暴に引き寄せられ、強引に唇を重ねてくる。

「ん…うっ」

舌を差し込まれ、深く接吻けられ、何か液体を口移しにされた私は必死で逃れようと頭をふって抵抗した。

けれど片手で体を抱きしめられ、もう一方の手で後頭部を押さえられているので、全く身動きがとれない。

「ふ…ん…」

抵抗すればするほど深く甘く舌を絡め取られ、なぜかミシェル様を思い出す。

ルイーズとの婚姻を命じられたあの時にミシェル様と交わした接吻けと、今されているものが似ているように感じるのは気のせい?

(いや、でも…帝国のミシェル様に捕らえられた時に接吻けられた時は、全く思い出さなかった…。)

唇の合わせ方や舌の絡め方が、全く違う。

それは技術的なもの、というよりは接吻けを交わしながら心も通わせようとしているかどうか…そういう違いに感じた。

だんだんと身体から力が抜け、抱きしめてくるその腕に身を預けながら、無意識に彼の胸元をぎゅっと掴む。

「…?」

そこで、はたと気がついた。

たしか、両腕は後ろ手に拘束されていたはず…。

それがいつの間にか自由に動かせ、足首からも枷が外れていた。

(それに、痺れも取れている…。)

(もしかして、口移しにされた液体は痺れ薬の中和剤だったの?)

「…あのっ…んっ!」

疑問を口にしようとした瞬間、再び深く接吻けられ、舌で何かを押し込まれる。

「噛み砕け。」

耳元で小さく囁かれ、鼓動が大きく音を立てた。

(この声…!)

驚いて、初めて騎士の顔をしっかりと見てみる。

すると、顔の半分を覆う銀色の覆面から、特徴的な夕焼け色の瞳がこちらを見つめていた。

(ミシェル様!)

「さっさと噛め。」

もう一度囁かれた私は、体温が一気に上昇する中、言われた通り小さなカプセルを奥歯で噛む。

するとその瞬間、強烈な薄荷の刺激に息が詰まった。

目も耳も薄荷に刺激され、涙が溢れる。

「けほっ!」

咳き込むと余計、薄荷の刺激が強まり、口をおさえて身悶えた。

すると、ミシェル様はマントを外し、それでふわりと私の体を包み込む。

そして、その端で私の涙を拭ってくれた。

目しか見えないけれど、纏う空気は、一緒に過ごしていた時からは考えられないほど優しく穏やかなものだった。

「ミシェル様…。」

思わず首に腕を回し抱きつくと、ミシェル様もぎゅっと抱きしめ返してくれる。

「貴様、何者だ!」

帝国騎士が声を荒げながら、ミシェル様の肩を掴もうとした刹那。

「ぎゃぁっ!」

ごとんっと重い音と共に、鎧を纏った腕が床に転がった。

「っ!!」

ザッと音を立てて騎士達が一斉に間合いをとり、剣を抜く。

その空いた場所に、黒装束が二人降り立った。

「ミシェル王も中和剤を。」

言いながら斜めにふり返ったのは、マル様だ。

その言葉にミシェル様は頷き、自らカプセルを口に含み噛み砕く。

「ぅっ!…たしかに…これはキツイな…。」

口元をおさえ、涙目になりながら呟く表情がなんともかわいらしく、逼迫した状況にも関わらず笑ってしまった。

「目、見えるようになったのですね。」

夕焼け色の瞳が真っ直ぐに私を見つめていることが嬉しくて、微笑む。

「星一族は、優秀だからな。」

そう言いながらやわらかく微笑み返してくれたミシェル様から、彼らへの厚い信頼を感じた。

(いつの間にか、こんなに信頼を寄せるようになっていたのね。)

「耳栓を。」

再びマル様の指示があると、ミシェル様は私と自らの耳に手早く耳栓を差し込む。

「私は、星一族の奏(かなた)。」

そう聞こえた瞬間、心臓がどくりと音を立てた。

ハッと顔をあげると、帝国騎士達の目の色が一斉に変わるのが見える。

彼らの目の焦点は既に定まっておらず、酒に酔っているような表情だ。

「色術の中和剤を飲み、耳栓をしていても…すごいな…。」

そう言いながら胸をおさえるミシェル様の頬も、珍しく紅潮している。

前に立つカナタ王子の背中を見上げると、彼は銀のマスクをつけたままだとわかった。

(銀のマスクをつけていても…声だけで心を支配されそうになるなんて…すごい…。)

カナタ王子の声を、初めて聞いた。

その声を聞くと、目の奥が虹色に光る。

五感を一瞬で強烈に刺激し、それなのにどんな声とも印象が残らず、思い出すこともできないまま意識から通りすぎていく…そんな声だ。

「覇王様のお命を頂きに参りました。」

(!)

驚いて覇王を見ようとするけれど、その姿は前に立つカナタ王子とその向こうに立つ騎士達に遮られて見えない。

見上げた黒装束の肩が微かに上下し、カナタ王子が静かに息を吸い込んだ。

そして、恐ろしい言葉を紡ぐ。

「覇王を殺せ。」