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短編集60(過去作品)

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 似すぎている相手とは、それぞれを意識することはあっても、愛し合うようになるということを幸一は信じられなかった。
 事実、幸一は和子に惹かれていく。彼女の中に幸一を引きつける魔力のようなものがあるのだが、どうもその魔力は幸一に対してだけのようだ。
――今までに出会ったどの女性とも違う――
 妖艶な雰囲気だけではなく、美しさの中に犯してはならない隠れた部分を持っていた。
 隠そうとして隠れているわけではない。隠そうとする方が却ってボロが出るもので、目立ってしまう。彼女にはその嫌らしさがないのだ。
「幸一さん」
 和子が話しかけてくる。その表情はこわばっているように見えるが、名前を呼ぶ一言一言には重みがある。何かの意を決しているかのようだ。
「なんだい?」
 幸一もそれを分かっていて、敢えて静かに答える。和子の前では絶えず冷静であった。和子は冷静な幸一しか知らないはずである。
 だが、欝状態の幸一も知っている。ひょっとして内面の幸一を一番分かっているのが和子かも知れない。
――自分自身は分かっていない部分を知っている和子――
 この設定に快感を覚える幸一だった。
「あなたは、私が見えるの?」
 驚いたように話す。その目はカッと見開いている。あまり見たくない表情であるが、頭から離れない顔でもあった。
「ああ、見えるよ」
 普段どおりに答えを返す。その表情もいつもと変わらないだろう。
「どうして、あなたはいつも同じ表情で、同じような返事になるの?」
「君が和子だからさ」
 と答えたが、
「ふふ、答えになってないわね」
 苦笑していたが、納得してくれたに違いない。和子に対していつもと違う自分を見せたくないと思っている幸一自身、いつもと違っているのかも知れないと、和子は感じているのではないだろうか。
 そのことを幸一も分かっている。分かっていて、敢えて表情を変えることはないのだ。
「和子は、俺のことをどう思っているんだい?」
 精一杯、違う自分を出そうとしても、同じことだった。潜在意識が違う自分を出させない。そのことに憤りすら覚えている幸一だったが、和子は、それを笑顔で返そうとしている。幸一にとってこそばゆい感覚であった。
「好きよ。分かっているじゃない」
 歩み寄ろうとすればすり抜ける。毅然としていれば、寄り添ってくる。どこかゲームをしているような感覚に陥っていた。
「恋愛なんて、ゲームのようなものだ」
 とよく言われるが、
「そんな不真面目なものではない」
 と、恋愛の話題になれば口にしていた幸一だったが、その気持ちに変わりはない。だが和子の前に出た時だけは、
――それもありなんじゃないかな――
 とゲームであることを容認できるような気持ちになっている。
 決して不真面目ではなく、考え方がおおらかになったからだと自分では思っているくせに、それを許せない自分もいたりする。ゲーム感覚自体、真面目でないという定義を考えられなくなってしまっているのかも知れない。
 和子と話している時間、いつも湿気を帯びた重たい空気を感じている。
 和子独特の香り、それは彼女と一緒にいる時以外に感じることのできないもの。それほどきつい香水をつけているわけでもないのに、和子には独特の匂いがある。
――他の男にはいざ知らす、自分を引き付けて離さない媚薬のようなものがあったに違いない――
 これが幸一の感覚であった。
 重たい空気は、湿気があるから感じるものだ。湿気がなければ重たくない。
 湿気はどこから来るものだろう? 女独特の匂いがあることは知っているが、他の男性を引きつけることがないのはどういうわけだろう。幸一にとってはありがたいことだが、どこか釈然としない思いがよぎるのも事実だった。
 和子と一緒にいるのが夢であることは分かっているが、同じ夢でもどこか今までの夢とは違っている。
 同じ重たい空気を感じても、今までであれば、夢の中で、
――今見ているのは夢なんだ――
 と分かるものではなかった。
 おばあちゃんの夢を見た時でも、
――死んだはずのおばあちゃんが夢に出てくるはずはない――
 と分かるはずなのに、なぜか夢だという意識はなかった。それよりも、おばあちゃんはとっくに死んでいるという意識が頭の奥にあるのに、それでも夢の中にいるという意識が薄かったのだ。
――和子は死んだんだ――
 という意識が頭の中にある。もし、その意識が頭の中になかったとしても、和子が目の前に現われただけで、
――これは夢なんだ――
 と思うに違いない。
 なぜなら和子を殺したのは幸一だった。人間は愛していれば愛するほど相手を独占したくなるものだ。それを嫉妬という言葉でだけ表わすのは難しいだろう。だが、言葉で表わすのなら、嫉妬でしかない。それが幸一の心に引っかかってしまっている。
 詳しい理由は幸一自身も分からない。ひょっとして死んでしまった和子が一番その理由を知っているのではないかと思うと、居たたまれなくなってしまうのが、幸一だった。
――どうして彼女を――
 後悔の念が幸一を襲う。
 それが夢となって現れるのだ。
 和子とはもう夢の中でしか会うことができない。だからこそ、いつも冷静になれるのだ。もう嫉妬も激しい感情も存在しない。それはそれでいいのだが、感じている後悔の念は嫉妬できないことに繋がっているのかも知れない。
 和子との夢、それは短い間でしかありえない。
 そもそも夢とは起きる前の実に短い時間にしか見ることができないというものらしい。夢の中で見たカラフルな色、それは和子との最後に見た記憶があった。
――どこかで見たことがあった――
 それが砂時計であることを思い出させてくれるのは、やはり和子との夢の中であった。和子の夢を見る前にいつも短い夢を断片的に見る。三分間という意識があるからだろうか?
 夢というのは自分の勝手な思い込みで、どうにでもなるものだ。
「自分を正当化したいから、夢で実現しようとする」
 と言っていた人もいたが、実際の夢は潜在意識や理性が邪魔することもあって、なかなか自分を正当化するのも難しいだろう。
 だから、和子が出てくれば、
――これは夢だ――
 と感じるのだ。
 和子との夢の短い時間を象徴する砂時計。カラフルな色で奏でられている。逆さにすれば色が変わる砂時計、まるで和子と幸一のすれ違った人生を描いているようだ。
 夢の世界は一つではない。それを教えてくれたのは和子との夢だった。幾重にも重なった世界を、夢の世界として一つのものにしてしまおうと感じるのは、人間のエゴのようなものかも知れないと幸一は考える。
 湿気を帯びた重たい空気、それが夢との境目のようなもので、それを感じさせてくれるのが、一筋の閃光ではないだろうか。
――夢とは自分の両側に鏡を置いたような世界――
 その日も目を覚ました幸一は、シャツにベットリと汗を掻いていて、さらにシーツにまで沁み込んでいるのを感じていて、砂時計の青い砂が落ちきってしまうのを最後まで見ていたような気がしていた……。

                (  完  )


作品名:短編集60(過去作品) 作家名:森本晃次