短編集60(過去作品)
文明という夢の世界
文明という夢の世界
「サラリーマンとして働き始めて何年経っただろう」
加藤は、時々感じていた。
毎日同じことの繰り返しではあるが、それでも毎日が充実していれば、それなりに楽しい生活ができると自負していた。充実した毎日は、一日があっという間に過ぎてしまう。ついこの間、月曜日に会社に行くのが億劫だと思っていたのに、すでに、土曜日になっている。いくら同じようなことの繰り返しとはいえ、それなりに抑揚のある毎日ではあった。月曜日と土曜日とでは、かなり精神的に違っている。
通勤電車にも、毎日の精神的な微妙に違う変化が序実に現れている。通勤電車について不思議に思うことがあった。
月曜日は必ずと言っていいほどの満員電車なのに、火曜日からは、それほどでもない。中には週の半ばは出張に行く営業マンもいるだろうから、少しくらいの違いはあるとは思うが、最近は、明らかに乗客の人数の違いを意識させられる。
意識が過剰になりすぎているからだろうか。一度意識してしまうと、頭から離れないのは加藤の性格だった。それが幸いすることもあれば、災いすることもある。ただ、どちらかというと災いすることの方が多いので、あまりいい性格とは言えないのではないかと本人は思っている。
毎日を漠然とした生活だと思っている一番の原因は、インドアなところだろう。
学生時代には、友達と旅行に行ったり、旅先で釣りをしたり、結構楽しんでいたが、卒業してからは、あまり趣味と呼べるものはしていない。ほとんどが仕事の毎日であった。ただ、読書だけは続けていた・……。
学生時代に恋愛経験があったのはよかった。就職してからは、恋愛どころか、趣味すらままならない生活がしばらく続き、そのうちに仕事が楽しくなってきた。
「今は趣味と実益を兼ねているのが、仕事というところかな」
と言えるほどになっていたが、結局、趣味や恋愛に目を向けることがないのは、悲しむべきことなのではないだろうか。
学生時代の恋愛は、大袈裟なものではないのだろうが、本人にしてみれば、かなりインパクトが強いものだった。
付き合った時期は短かったが、その前の友達としての時期は結構長かった。いずれ付き合い始めるのではないかというまわりの噂をよそに、なかなか恋愛感情を持たなかったのは、兄妹感覚があったからかも知れない。
妹に対して恋愛感情は持ってはいけないという生真面目な感覚があったのか、それとも、妹感覚を大切にしたくて、それ以上踏み込めない自分がいたのか、今さら思い出せないが、臆病だったと言えなくもない。要するに嫌われるのが怖かったのだ。
彼女も、自分から何かを話す雰囲気ではない。いつも静かに加藤のそばにいるだけで、それだけでいいという感覚の女の子だった。妹感覚になったのは、そんな彼女をいとおしいという気持ちが働いたからで、それが恋愛感情であろうがなかろうが、そんな関係を崩したくはなかった。
彼女になるきっかけは、本当に偶然だった。
恋人同士でなくとも、いつも一緒にいた二人だったが、その日は、何をやっても、お互いに、同じタイミングで行動を起こそうとする。会話にしてもそうだった。何かを話そうとすると、彼女も口から言葉が出そうになる。お互いに話を聞いてみると同じことを話そうとしていたようだ。
これを偶然で片付けてしまってもいいのだろうか。
普段でも同じタイミングで何かを話そうとすることはあるが、軽い気まずさがあった。恥ずかしさといってもいいだろう。恋人同士でもないのに、恥ずかしさを感じるのが、そのまま気まずさになっていた。二人の微妙な距離の関係が起因しているに違いない。
だが、お互いに同じ気持ちでいるという場合は話が別だ。彼女も加藤も気持ちはすでに高ぶって、その日のうちに相手のすべてを知りたいと思うのは、決して強引な気持ちではない。
お互いにそれを望むのであれば、それが一番自然で、自然なことをいつも求めていた関係だったことに今さらながら気付いた瞬間でもあった。
お互いの身体を貪っている間、お互いの本能を感じる。本能が身体を突き動かし、そして、快感を増幅させる。
言葉で表わすと、難しくなるが、要は本人たちの世界に入り込むということだ。男が男であること、そして女が女であることの意義、そんな表現もできるだろう。
身体を重ねたことで、距離が一気に縮まって、密着感があった。だが、お互いにぎこちなくなったのも事実だった。
それは彼女の方が、余計に強く感じたことだった。男の方は、
「気のせいだ」
と思っていたが、女は、気のせいだと思いたいという一心で考え込んでしまう。
身体の密着を感じるという話をした時に、
「私はそれ以上を感じちゃったのかな? 身体がお互いに溶け込んでいって、一体になってしまったかのような感覚っていうのかしら」
という話をしていた。
それが一番の理由であった。密着してしまうと、相手が見えない。自分の顔を鏡でしか見ることができないのと同じ感覚である。
人と話をしている時に、一番気になるのが自分の表情である。自分の表情は鏡でしか見ることができないので、話をしていて自分の表情を見るのは不可能だ。
百パーセント不可能なことは諦めるしかないので、仕方がないと思うことができる。だが、密着してしまうというのは、ただの感覚で、それをぎこちないと感じるなら、離れることはできる。それは、今までの距離を保てばそれでいいことだった。彼女にしてみれば、恋愛感情を持つのではなく、それまでの距離を保っていればそれでいいという結論に達したのだろう。
恋愛には向かないと感じたその時から、今に至るまで恋愛をしたことはない。
もちろん、気になる女性はそれまでに何人もいた。気になっていると、
「友達になりたい」
という感情や、
「抱いてみたい」
というさまざまな感情にいたる女性が現れるものだが、抱きたいと思う女性には友達としての感覚を持つことができず、逆に友達になりたいと思う女性には、抱きたいという感情を持つことができなくなっていた。それが学生時代の彼女との間にできてしまったトラウマではないかと思うようになっていた。
一つのことに対して集中すると、他のことが見えなくなるのは、あまりいいくせだとは言えないだろう。
だが、一つのことに集中しなければできないことだってある。だから、それはそれで仕方がないことだと思っているが、大学時代からは、それが自分の性格だと自覚し始めていた。
会社に入ると、研修期間中はそれを批判的な空気が流れていることに気がつき、自分がこのままこの会社にいていいのかどうか、少し自信がなくなっていた。
だが、実際に仕事につくと、そこはコツコツすることが一番の部署であった。
――上司が適正を見抜いてくれたのかな――
きっとそうだったのだろう。研修期間というのは、その人の適正を見抜くことも大切であった。
「やはり、君をこの部署に配属させて正解だったよ」
入社一年が経とうとしている時、総務部長が各部署を視察に来た時、そう言って声を掛けられた。
「ありがとうございます。そう言っていただけますと嬉しいです」
作品名:短編集60(過去作品) 作家名:森本晃次