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スーパーソウルズ

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◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「起きんさい」
揺り起こされた。
「んんん・・・」
裕司は、口ごもった生返事をした。
「着いたよ」
女性の声がした。
重い瞼をこじ開けて声のするほうを見ると、段ボールの箱の上に日焼けした年配の女性の顔があった。
記憶にない初めて見る女性の顔だった。
寝起きの曖昧な記憶を辿るうち、腕の中に生き物の体温を感じた。
ジローであった。
ジローと裕司は、軽トラックの荷台に段ボール箱と一緒に転がっていた。
段ボールにはトマトの絵と、農協のロゴマークらしき稲穂が描かれていた。
「よう寝てよったね」
「ここは?」
「農協。戸野本町の」
「戸野?」
「言うてもわからんか。広島県福山市」
女性は段ボール箱をトラックから下ろし、台車に乗せ始めた。
裕司は自分が聴き間違えたか、さもなければ夢からまだ醒めていないのだと思った。
目が覚めたらきっと、自分は神奈川の団地の4階の自分の部屋にいるはず。
しかし、様子が違った。
「あんた横浜って言いよったね。送るのはここまでだわ」
その農家のお母さんは完全にリアルだった。
「え? 僕、言いましたっけ?」
段ボール箱にふくやま農協と名入れされている。
現実を渋々受け入れながら、裕司は女性に訊かずにおれなかった。
「・・・なんで僕はここに?」
「覚えておらんのかね、山道をふらふらになって歩きよった」
「す、すみません」
裕司は起きて腰を浮かしかけたが、足腰に力が入らなかった。
見かねた女性が段ボール箱からトマトをひとつ取り出して裕司に渡した。
裕司は礼もそこそこに、真っ赤なトマトに齧りついた。
「なんであんな山奥におったんやろうね」
裕司の頭に閃いたのは唯一、深夜の森の中で見た白い光だった。
「わ、わかりません」
そう答えた裕司の口の周りにトマト果汁がべったりついている。
裕司はトマトの残り汁をジローに舐めさせた。
「親御さんが心配なさっておろう」
女性が段ボールを台車に積み終えたところに、「ご苦労さま」と言いながら、キャップを被った初老の男性が近づいていきた。
白いシャツの胸元に農協職員のネームタグをつけていた。
職員はすぐにトラックの荷台にいる裕司に気づいて女性に尋ねた。
「知り合いの子?」

収穫を控えた稲田が両側に広がる道を、裕司はジローを連れてとぼとぼ歩いた。
民間鉄道の駅前にある駐在所に行くことを勧められ、裕司は農協職員と軽トラックの女性に別れを告げたのだ。
のどかな田園風景を仰ぎながらも、裕司の心に去来する自問自答はいつも同じだった。
僕は誰だ?
椿谷裕司だ。
椿谷裕司って誰だ?
口の中でトマトの甘い香りがした。
やがて民家や商店が並ぶ町のエリアが見えてきた。
鉄道線路沿いに小さな駐在所があった。
ガラス戸を通して、薄暗い駐在所の中の様子が窺えた。
事務机とパイプ椅子が見えたが、警察官の姿はなかった。
裕司は内心、ホッとした。
警察官とは昨年、深夜に呼びとめられたときに会話を交わした。
国道沿いの道を、駅伝のトレーニングで走っているときだった。
警官が言うにはコンビニ強盗があったという。
裕司は犯人に疑われたのだ。
警察はすべての若者を目の敵にしている。
そういう印象しか裕司にはなかった。
しかし今、救いの手と呼べるものは、警察だけである。
考え事をしている間に、裕司は駐在所を通り過ぎてしまった。
惰性で鉄道の駅に続く歩道をジローと歩きながらも、巡査に伝えることをまとめようと試みた。
神奈川で拉致されて広島まで荷物のように運ばれてきた。
そんなことを言って、信じてもらえるだろうか。
生徒手帳もスマホもない。
気がつけば身元を証明するものが何もない。
家族に連絡するように言われるだろうが、姉の携帯電話の番号を憶えていない。
姉にはスマホのアイコンをタップすれば繋がったからだ。
目下一番のネックは、ジローである。
山で出会った見ず知らずの野良犬。
だが、まるで守護天使のように何度も窮地を救ってくれたジロー。
わがままを言わず、ただ黙って傍にいてくれる。
もはや離れがたい存在になっている。
大人は理解してくれるだろうか。
ジローは裕司の歩調に合わせて歩いたり止まったりを律儀に繰り返した。
仮にジローを神奈川に連れ帰ることができたとして、団地住まいの自分に飼うことはできないだろう。
思考の網が絡まった裕司は、駅前の車寄せにあるバス停のベンチに座りこんだ。
時間帯のせいか元々運行本数が少ないからか、複数ある車寄せのバス停にバスは一台も停まっていない。
バスを待つ客もいなかった。
そんな裕司以外無人のベンチに女子校生がふたり、おしゃべりしながら近寄ってきた。
スマホの動画に夢中になっている女子校生たちは、裕司に気を留めることなく裕司の隣のベンチに座り話を続ける。
「すっごい、何これ? 衝撃映像?」
スマホはベンツ、タクシー、バイク、路線バス、トラックが次々に衝突炎上し、地獄図と化した交差点を映していた。
3方向から撮られた街頭防犯カメラの映像が、時間軸に沿って編集されたものだった。
女子校生が傾けたスマホの映像が、隣にいた裕司の目に入った。
かと思うと、フラッシュバックが起きて裕司の身体が固まった。
駅前交差点の多重事故。
街頭カメラ映像には収録されていない衝撃音とともに、裕司の脳裏にあの日の体験が瞬時に蘇った。
まったくの不意打ちだった。
「ねえ、でもさ、あたしユアトってちょっとタイプかも」
しばらくして我に帰った裕司は、ピンク色のスマホを持つ女子校生に
「それ、見せて」
と迫った。
女子校生は不審者を見るような態度でスマホを手のひらに隠した。
だが次の瞬間には、その手を開いて女子校生はスマホを裕司に差し出していた。
裕司は
「ありがとう」
と言って女子校生からスマホを受け取った。
女子校生は裕司をじっと見つめたまま、間を置いて小さく呟いた。
「どういたしまして・・・」
「ちょっと何してんの?」
もうひとりの女子校生は、相方の彼女がなぜそのような言動をしたのか訳がわからない。
手渡されたスマホの動画を、裕司は少し戻して再生した。
間違いない。
敦木駅前の多重事故の動画だった。
しかし3か月前に起きた自動車事故の映像なぜ、SNSにあがってるのか?
裕司は動画を見ながら疑問に思った。
動画のタイトルを見た。
”ユアト セカンドインパクト”
投稿者の名前は、ユアト。
誰だ? ユアト?
動画を見ているうちに当時の感情がシンクロし始めた。
胸を強く圧迫され、額をハンドルに打ちつける痛み。
目の前に車のバンパーが迫る恐怖。
炎にまかれ息ができない苦しさ。
ひきつった表情で立ち尽くす裕司に見て女子校生たちは怯え、スマホを裕司に預けたままベンチを離れた。
「どうしちゃったの、ミカ?」
「わかんない。身体が勝手に・・・」
バス停から離れた場所で、女子校生たちが小声で話しているのが聴こえた。
その声とオーバーラップして別の声が混じる。
”ワレハワレノミデハナイ。ワレワレガテヲツナグトキ、ソレハシンパンノトキデアル”
洞穴で何度も聴こえてきた例の呪文。
「あああああああああああ」
声を振り払うかのように裕司が叫ぶ。
作品名:スーパーソウルズ 作家名:椿じゅん