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スーパーソウルズ

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洞穴の壁面に裕司は、二つ目の"正"の字となる横棒を一本刻んだ。
物置小屋から洞穴に移り住んで10日が経った。
猛獣に襲われることはなかったが、人の姿を見ることもなかった。
三浦の霊園に行った日から記憶を辿り、日数を計算してみると、もうとうに高校は夏休みが終わって二学期が始まっている。
誰かが心配して、捜しに来てくれてもいい頃なのに・・・。
裕司は洞穴の入り口に足を投げ出して空を見あげた。
右足の怪我は痛みが和らいだり、再び激しく疼きだしたり、一進一退だった。
洞穴で寝ることには、なぜか抵抗はなかった。
むしろ懐かしい気がして居心地は悪くない。
頼りになる可愛い相棒もいる。
ただ足が疼く夜もあって、熟睡できた試しがなかった。
そのため日中夜間問わず、終始寝不足で集中力に欠けた。
考え事を始めると様々な思念が中途半端に入り乱れ、堂々巡りしてまとまりがつかない。
そんなことばかりを繰り返した。
この数か月の間に自分の身に起きたことに思いを巡らせると、途中でまったく憶えのない記憶が割りこんできて混乱した。
空腹も限界にきたのか、幻聴を聴くようにもなっていた。
月のない夜だった。
都会の空と違って、まるでプラネタリウムにでも居るかのような満天の星空が頭上に広がっていた。
星座を形作る一等星が見分けられないくらい、無数の星が夜空を埋めつくしている。
ずっと見ていると吸い込まれそうな美しい光景だった。
星々の輝きとは対照的に、地上の森は暗黒の世界だ。
月明りがあるときは幻想的にさえ見えた樹木の造形も、闇の下では深く漆黒に塗りこめられて生気がない。
その森の一画が一瞬、白く光った。
天空から照射されたものではなく、森の内側から生じた光だった。
その光は森の木々を照らしながら同心円状に広がり、すぐさま閉じるように消えた。
車のヘッドライトか?
ついに助けが来たか?
と裕司の心がざわついた。
「おーい!」
裕司は光が発したしたほうに向かって叫んだ。
手を振ってみた。
しばらく目を凝らし、耳を澄ませて待ったが、返事はなかった。
光の環が生じた輝煌も、二度と起きなかった。
暗闇の森は再び死んだような静寂をまとって眠りについた。
裕司は肩を落とした。
同じように落胆の表情を浮かべるジローの背中を優しく撫でた。
声が聴こえてきた。
周囲からのものではない。
頭の中で誰かが自分に語りかけてくるような声。
何度も同じ文言が繰り返される。
幻聴が始まった、と裕司は思った。
”ワレハアルジノイトナミヲサマタゲテハナラヌ”
”ワレノソンザイガオビヤカサレルトキハソノカギリ二アラズ”
”ワレハワレノミデハナイ”
「ああああああああっ!」
と、裕司は頭を掻きむしって、しつこく語りかけてくる声を追い払った。
「もう限界だ、ジロー。明日ここを出る」

翌朝、裕司の姿は岩場から沁みだした清冽な流水が集まる谷間の沢辺にあった。
追ってきた中学教師風の男が2頭の野犬に襲われた場所だ。
沢辺に男の影はなく、争った痕跡も消えていた。
追手は複数いたようだから、襲われた男はきっと助けだされたのだろう。
血痕や痕跡は、雨で洗い流されたのかもしれない。
サラサラと地を這うような清らかな流れだけがあった。
ジローが周囲の気配に目を配りながら、渓流の水を飲む。
裕司は、勾配が急になっている岩場のてっぺんを見上げた。
ここを登りきればきっと何かある、という直感だけはなぜか揺らがなかった。
「ここを登るぞ」
裕司が言うとジローが吠えた。
吠えつつジローは岩場とは逆の林のほうへ後ずさっていく。
喫緊の危険を知らせる吠え方ではなかった。
何かを訴えているには違いないが、行きたい方向が違うので裕司はジローを呼び戻した。
「ジロー、この丘の向こうに行きたいんだ」
ジローは斜面のてっぺんを見てひと吠えし、林のほうを向いた。
「そうか、ジローはこの沢登りができないんだな」
裕司は沢登りを諦め、遠回りになることを覚悟でジローの嗅覚に賭けた。
ジローの先導で林の中に分け入った。
じめっとした地面を踏みしめ、緩い傾斜を延々登った。
林の中、至る所にぬかるみがあった。
枯葉の下で、地面から絶えず水がじんわりと沁みだしている。
地表から沁みだした湧き水は、集まり小さな流れとなる。
その流れは岩に阻まれて幾筋にも広がり、またひとつに集まり、しっかりとした流れを作る。
太くなった流れは、行く手を阻む岩をも穿つ勢いだ。
岩の間を這うように駆けあがり駆けくだる。
やがてその流れは、地面の途切れた崖から勢いよく落下していった。
崖の上の平たい岩のひとつに、裕司は足をかけた。
下を覗きこむと、細かい水飛沫を通して、さっきまでいた渓流の沢辺が見えた。
遠回りしたが、岩場のてっぺんについに到達した。
目を転じると、緩やかに登りの傾斜が続く森林。
本来下山するためには、傾斜を下る選択をするのが常人の心理なのだろうが、裕司には確信めいたものがあった。
このまま森の中、山頂を目指せばきっとそれに突きあたるはずだ。
果たして裕司の確信的な予感は的中した。
登りはじめて間もなく、人が踏み固めたような道を発見したのだ。
生い茂る樹木に覆われたその道は、人がひとり屈まずに歩けるトンネル状になって、森を貫いていた。
その道を右に行くのか、左に行けばよいのかは、ジローに判断させた。
ジローが決めた方向に歩を進めてしばらく、裕司の視界が明るく大きく開けた。
山肌が平らに均され、植物が根こそぎ刈り取られた見晴らし台のような場所に、裕司は立った。
連なる山脈や尾根が一望できた。
向かいの山の中腹に、建物の屋根が見える。
形状と大きさから見て、寺か神社か。
その山裾に、木々の隙間に見え隠れするような道路も視認できた。
はるか遠くにかすむのは海洋の水平線か・・・。
裕司は不安な日々から解放された喜びを大声にあらわした。
「ああああああああああああああ!!!!!!!」
薄笑いを浮かべて地面にへたりこんだ。
裕司の叫び声が木霊となって山間に残響する。
ふと気がつくとジローも雄叫びをあげていた。
裕司は、何度も雄叫びをあげるジローを座らせた。
ジローの雄叫びも木霊する。
数羽の鳥が青空を飛び交う。
ジロ―の雄叫びとは異なる遠吠えが、木霊に混じって山間に響いた。
きっとジローの雄叫びに応えたものだろう。
裕司は心地よい汗を拭った。
遠吠えは、別の峰からも聞こえた。
木霊と相まって輪唱するかのように伝染して止まない。
裕司の背後で、がさがさと葉擦れの音がした。
背筋に冷たいものが走って、裕司はゆっくりと振り向いた。
うなり声をあげる二頭の大きな野犬がいた。
裕司は飛びあがって後ずさりした。
だがそこは見晴らし台。
あと半メートルも後退すれば地面がなくなり崖下に転落する。
絶体絶命!
しかしジローは、落ち着き払って吠える気配がない。
緊急事態を知らせてくれるはずのジローが静かなのだ。
座ったまま、野犬と裕司を見較べている。
冷や汗が噴き出して、心臓が早鐘のように脈打つのを裕司は感じた。
ところが、凶暴な素振りが二頭の野犬にはなかった。
極めて穏やかな眼をしている。
作品名:スーパーソウルズ 作家名:椿じゅん