スーパーソウルズ
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
姫君コールが止み、割れんばかりの拍手と歓声が沸きおこった。
交差するライトの中、姫君の4人がステージに登場した。
欠場するとアナウンスされていた真凛の登壇に、「やったー!」と喜ぶファンたちに真凛は手をあげて応えた。
MCなしで、いきなりライブは始まった。
ドラムの早打ちがイントロの”Statue of Liberty"で会場はいっきにボルテージがあがる。
オタクなファンたちは、推しの名を叫びながら狂喜乱舞する。
「灌北アリーーーーナァァァ!」
1曲目が終わり、姫君が煽る。
「きょうは、姫君史上最高のライブにするからなァァァ!」
2曲目”Go Your Way"、3曲目"TWO TOP"、4曲目"Talk about it"、5曲目"Lion's Share"
6曲目の"Straight Heart"が終わって
「ラストォ、盛り上がっていくぞー!」
真凛がマイクを通さずに観衆を煽る。
"He may gimme!"
"ひーめーぎーみー!"
のコールアンドレスポンスで始まる"He May Gimme!"。
会場全体が一体となり飛び跳ね、うねる。
綾乃のギターテクが冴える。
ファンたちが踊り狂う。
姫君を初めて見る観客を巻きこんで歓声と熱気はこの日最高潮に達した。
鳴りやまない拍手とともに、姫君のライブは幕を閉じた。
ほとんど間を置かず、カツたち熱狂的ファンからアンコールの掛け声が響く。
そのステージにカモが、亡霊の如く登壇した。
マイクを握り、緊張気味に
「ここから少しお時間を頂きます。僕は灌北大学超科学研究会の部長をやってます、鴨池です」
と、カモが言い終わらないうちに、カツが「姫君を出せ!」とヤジる。
「このコーナーが終わったら、もしかしたら姫君さん出てくれるかも、しれません」
舞台袖からひめが、カツたちにだけ伝わるように手を合わせて合図を送った。
カツは不満げながらも引き下がった。
「それでは、こちらをご覧ください」
カモがそう言って、舞台袖に姿を消した。
オーロラビジョンが稼働した。
ビジョンにユアトの顔が表れた。
「ユアトです。きょうはこのステージにあがるつもりでしたが、諸事情でこういう形になりました。
期待していた方々には心からお詫びします。ごめんなさい。
しかし、僕がそちらに行っても話すことは二言三言。きょうの主役はこの方です」
暗い映像に切り替わった。
深夜の山道を走行する車の中から撮られた風景。
前方に仄明るい小さな光が見える。
その光は一瞬にしてブワっと画面いっぱいに広がった。
眩しい真っ白な映像の中、うっすらと人影が浮かんでいる。
鉛筆画のような頼りない輪郭をした足に、細い指を伸ばした手が忍び寄る。
眩しい白が消えて、ふたたび暗い風景。
車内灯に疲れきった裕司の横顔が照らされている。
走行中の車窓から外を見ながら、裕司が言う。
「何だったんだろう、あの光」
「裕司くんはUFOとか見たことある?」
ユアトが尋ねる。
「UFOなんですか、あれ?」
「未確認飛行物体だからね、UFOって。だからそうじゃない?」
「宇宙人?」
「うん、地球外知的生命体っていうのかな。これは僕の持論だけど、UFOが人間を誘拐するのってきっとチェザルモを狙ってるんだと思う。
ゼーレに興味があって、強いゼーレを持っている者が狙われる」
「全然理解できない・・・」
映像に少し明るさが増す。
明け方の市街地。
街角に車が停まる。
犬を抱いたユアトが、動物病院の看板を掲げた建物に入っていく。
映像が車内に切り替わる。
スマホを耳に当て電話をしている裕司。
「えっ?」
と驚いた顔をし
「嘘でしょ」と作り笑いをし
「マジで・・・マジかよ・・・。キョーイチ・・・」
とスマホを持つ手の力が抜ける。
スマホが裕司の手から落ちる。
白い壁の部屋。
そこに並べられた犬のケージ。
そのひとつがズームアップされ、ケージに横たわるジローをとらえる。
ジローが立ちあがりカメラに向かって元気よく吠える。
敦木駅前交差点で事故の巻き添えで植え込みに弾き飛ばされる男子高校生。
画面にまたユアトが顕れる。
「ユアト_ラストインパクト。主役は、椿谷裕司くんです」
会場がざわつく。
B級SF映画のようなシーンと謎めいた男子高校生の独白を見せられて、観衆は戸惑った。
灌北アリーナの会場最後方にかろうじて入場できた佐賀が、裕司の名前を聞いて色めき立つ。
ピンスポットライトが、フロアの柱影にいるひとりの若者を照らしだした。
「どうぞ登壇してください」
ユアトの声とともに、ビジョンにケージの中で吠えるジローが映しだされる。
その映像を見ている裕司を捉えた画がビジョンに映る。
手で庇を作り、裕司は目元を隠した。
ジローに会うために、ここはユアトの指示に従うしかないのか。
混雑した会場に紛れこんでいた裕司は渋々ながら、ステージに向かって歩を進めた。
フロアの来場者たちが、裕司のために道を空ける。
佐賀はつま先立ちになって、移動する裕司の頭を目で追った。
「どうぞ」
今度はステージ上にいるカモが裕司に登壇を促す。
衆目が集まる中、裕司はステージに立った。
戸惑いと恥ずかしさで縮みあがる思いだった。
ユアトが裕司に語りかける。
「裕司くん、この映像は全世界に配信されています。今あなたが悩んでいること、困っていることがあれば、誰かが助けてくれるかもしれない。
今あなたがみんなに言いたいことがあれば、全国に伝わります」
画面からユアトが消え、ジローの吠え声はミュートされた。
張りつめた空気が会場を支配する中、カモが裕司にマイクを手渡し、ステージをおりた。
静まり返った聴衆を前に、ひとりステージに立つ裕司は重たい口を開いた。