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スーパーソウルズ

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相模川のイノシシは結局1頭も発見されず、よって捕獲もされなかった。
住民の不安は増すばかりであった。
その一方、この日は地元選出の衆議院議員益岡健男が初入閣を果たして初めて凱旋する日とあって、街はお祝いムードに湧いていた。
市の行事に来賓として出席する名目であったが、実質は後援会による大臣就任祝賀会である。
街の至る所に益岡健男のポスターが見かけられた。
政権政党の総裁選では、名前は挙がるが、すぐに消える泡沫候補のひとりにすぎなかった。
しかし、厚生労働大臣という要職に任命されると俄然張り切り、近い将来、総裁選に出馬すると口外するようになった。
益岡の一挙手一投足に注目が集まり、会場である市民会館前には多くのマスコミが先乗りしていた。
政府要人のなると護衛にあたるSPの数も増す。
車移動の場合、前後にSP車が随行する。
益岡大臣を乗せた車が敦木インターをおりたと、大下巡査の乗ったパトカーに無線が入った。
市街地をパトロールしていた大下は、
「了解、ヒトマルナナ配置につきます」
と無線を返し、ハンドルを切った。
そのとき、ふたたび無線が入った。
「赤谷南交差点で事故。車とけものが衝突した模様」
市民会館は、国道と市道が交わる、”市民会館前”という大きな交差点の北東角にある。
事故現場の赤谷南交差点は、市民会館前から真っすぐ北へ約1キロ。
そのとき大下は、市民会館前交差点から東へ約500メートルの国道恩場という交差点の近くにいた。
大下は無線を取って
「こちらヒトマルナナ。現在地恩場。けものはイノシシですか」
懸案の害獣か否か尋ねた。
「種類は不明。イノシシという通報もあり」
大下の額に汗が噴きだした。
大臣を乗せた車は国道恩場を通り、市民会館に入る。
赤谷南は市民会館の北にあるので、そこで事故があっても大臣の通行には影響ない。
恩場で待機し大臣の車の通過を待つか赤谷南の事故現場に行くか、大下は本部に指示を仰いだ。
赤谷南で事故処理に当たるよう指示があった。
「ヒトマルナナ現場に急行します」
「目撃者によるとけものは十数頭いる模様。注意されたし」
「了解」
無線を切って大下は
「十数頭?」
と頭の中で反芻した。
俄かに信じられない情報だった。

国道恩場の交差点を素通りして、市民会館方面に向かう。
市民会館周辺の路上では、辻々に立つ制服警官や警ら隊がざわついていた。
おそらく彼らにも、”けもの”の情報が入っているのだろう。
大下は市民会館前の交差点を右にハンドルを切った。
しばらく走ると、車が渋滞し始めた。
青信号なのに進まない。
反対車線も同様にノロノロ運転だ。
サイレン音を強めにして車の隙間を通り抜ける。
大型ダンプの髭面の運転手がドアを全開にしてステップに立ち、前方を見ていた。
赤谷南の方角だ。
異臭とともに黒い煙が立ちのぼるのが、ぼんやり見えた。
砂煙があがる。
地響きがする。
ダンプの運転手が叫ぶ。
「イノシシの大群だ!」
クラクションが鳴り響いた。
ダンプの声に気圧された乗用車の運転者は、ドアを開け放つと車を放置して、逃げるように歩道へ走った。
次々に車が放置され、大下のパトカーは身動きがとれなくなった。
大下はパトカーを降りた。
停車している車列越しに前方を眺め、状況を把握しようと努めた。
地鳴りのような轟音が近づいてくる。
叫び声があがる。
毛を逆立てた一頭のイノシシが、車の隙間を車体に身体をぶつけながら向かってきた。
大下のすぐ近くを通り過ぎた。
「あっぶねぇ・・・」
大下が汗を拭く間もなく、巨体のイノシシは次から次へと現れた。
パトカーの車内に避難した大下だったが、何頭ものイノシシがパトカーの屋根を踏み越えていく。
車ごと押し倒されそうなパワーだった。
その数は2頭や3頭ではなかった。
10頭、20頭、いや30頭以上はいるかもしれない。
車を降りて、市民会館方面に遠ざかっていくイノシシの大群を見送った大下は、思わず身震いした。

イノシシの大群が市民会館前を南方向に直進すれば、国道を横断する形になる。
国道をさらに直進して相模川にぶち当たれば、国道恩場から市民会館前の導線は守られる。
よってインターから恩場を通ってやってくる益岡大臣の到着に影響することはない。
大下は無線でそう敦木警察本部に報告した。
大下の無線を受けて、市民会館前から恩場に通じる国道にはバリケードが張られた。
イノシシを確実に直進させ、南へ逃す策が緊急にとられた。
だが大下の予想は脆くも外れた。
大群の先頭のイノシシが、市民会館前の交差点手前で急に立ち止まったのだ。
後続のイノシシたちは、つんのめりながら団子状態になった。
空中では、数羽のカラスが大きな円を描いて飛翔している。
先頭のイノシシは風の匂いを嗅いだ。
かと思うと、市民会館角を左側恩場方面に舵を切った。
後続のイノシシたちは、先頭に従って猛烈な勢いでコーナーを左に曲がった。
コーンと虎バーでこしらえた簡素なバリケードは容易く破られた。
勇敢にも身体を張ってイノシシの進行を止めようとした警察官の数人に負傷者がでた。
その第一報は敦木警察本部に即座に入り、警察無線を傍受できる大臣車にも伝えられた。
警察本部の長は無線で、益岡に迂回ルートを取るように申し入れた。
だが、益岡の車に同乗していた大臣秘書官の磯部が
「国道はけものが優先して通る道なのか。大臣のプライドに傷がつく」
と、その申し出を突っぱねた。
イノシシの一群は、いよいよ国道恩場の交差点に差しかかった。
警ら隊の隊員はライフル銃を構え、猛進してくる先頭のイノシシに照準を合わせた。
部隊長の指示を合図に、ひとりの隊員が狙撃する。
ライフル銃から発射された銃弾は、先頭を走るイノシシの頬から脳へと貫通した。
イノシシはもんどりうって倒れた。
30余頭のイノシシは一斉に立ち止まった。
恩場交差点に横並びに広がったイノシシの群れは、益岡大臣を乗せた車列と対峙した。
一触即発の空気が漂った。
会場到着寸前で足止めされた益岡は、いら立ちを隠さなかった。
「早く退治したまえ。田舎警察が・・・」
という益岡の言葉が、敦木警察本部に伝えられた。
侮辱されたと憤った本部長は熟考しないまま、管轄の全車両、全警察官にイノシシに対する拳銃使用を命じた。
同時に恩場の交差点周辺に住む住民や会社従業員に避難が呼びかけられた。
市民会館内の警護を担当していた警察官も恩場に駆けつける。
警察署内では盾と防護マスクを持ち、防刃ベストをつけた隊員が現場に向かうべく出動したが、その前に現場が動いた。
益岡車列を先導する白バイに、イノシシが次々に襲いかかった。
白バイ警官は冷静さを失い、拳銃を抜いた。
襲いくるイノシシに、手あたり次第、やみくもに発砲した。
だが一発も命中しない。
イノシシの鋭い牙が白バイ警官のふくらはぎの肉を喰い破る。
至近距離まで近づいた同僚警官が、イノシシを射殺した。
勇気ある同僚警官の行動によって、白バイ警官は命を取りとめた。
しかし白バイ警官の乱射した流れ弾が、避難途中の老婆の背中に命中していたことはあとで判明する。
SPが危険を察知し、益岡を車外に連れ出そうとしたが、時すでに遅し。
作品名:スーパーソウルズ 作家名:椿じゅん