スーパーソウルズ
#5.佐賀大輔
神奈川県敦木市敦木警察署
「愛煙家にはつらいご時世ですね」
曽根は、貼り紙を睨みつけるように見て言った。
「肩身が狭いよ」
曽根の隣で、佐賀大輔はマルボロに火をつけた。
佐賀は敦木署の刑事で、階級は警部補。
曽根は今春昇進試験に合格して刑事課に配属されたばかりであった。
佐賀はその刑事課の係長である。
警察署の駐車場の隅に、つい立てで囲っただけの簡易な喫煙所が設置してある。
つい立ての板壁に、その貼り紙は貼りだしてあった。
”健康増進法施行のため、この喫煙所を廃止します。
喫煙される方は建物屋上の喫煙スペースをご利用ください”
と、記されていた。
佐賀はマルボロをくゆらせ、
「増進法かなんか知らんが、この駐車場脇の喫煙所と屋上と、どんな違いがあるんだ?」
わからん、と呟きながら煙を宙に吐き出した。
「屋上にあがるには、階段を上り下りしないといけません」
「やめてくれよぉ」
「健康が増進するかもですよ、佐賀先輩」
佐賀と同じ高校・大学の出身であることから、曽根は佐賀のこと尊敬と愛着をこめてしばしば先輩と呼ぶ。
「なわけないだろ、曽根」
無駄話に花を咲かせていると、数人の学生服を着た若者たちが、警察署の建物から出てくるのが佐賀の目に入った。
先頭きって出てきたのは、長い黒髪をポニーテールに結んだ美少女然とした女子。
美少女は一瞬立ち止まり、佐賀に射るような視線を送って踵を返した。
もう一人は、短い金髪の端正な顔立ちの女性。
あとひとりは小太り中背、これといって特徴のない若い男。
「どこかで見た顔だな、ポニテの美人」
「え、先輩は、あの子知らないんですか? 」
「見憶えあるんだよな。誰?」
「"姫君"ですよ。あぁ何だよ、男なんか連れて」
「ひめぎみ? 知らないなぁ」
「地元の女子高生4人組のバンド”姫君”のヴォーカルとベースの娘」
「詳しいな、曽根」
「いや地元ではそこそこ有名。がんばってる子たちですから」
「初耳だわ」
「もう佐賀先輩、そういうのに疎いから。でも何の用事で来たんだろ?」
「何か訳アリの顔だったな」
佐賀が建物内に戻りかけると、玄関先で若者たちの背中を見送っている者がいた。
制服警官の大下だった。
「大下巡査、何かしでかしたのか、ひめぎみ」
「あ、これは佐賀係長。お疲れ様です。よくご存じですね、彼女たち」
「今、曽根から聞いた」
「そうでしたか、いえ、警部補の手を煩わすような案件では」
「そんなのいいから。何だったの?」
「家出です」
「家出か・・・。じゃ、いいわ」
興味を無くして話を打ち切る佐賀に、大下は被せ気味に
「それが・・・」と匂わせてきた。
「家出なんだろ」
「それが・・・」
「なんだよ」
「ひめ、いやあの女子が言うには、少年が拉致されていると・・・」
「事件じゃん、それ」
「三浦半島にいたとか、白根山男体山金精峠を結んだ三角地帯を徹底的に捜せとか」
「真に迫ってるな。何か知ってるのか?」
「そう思って、話を聞いたんですが、具体的な場所とか肝心なところになると言葉を濁して、要を得ないんです。どうせ・・・」
と言ったところで大下は言葉を飲みこんだ。
「なんだ大下、どうせ高校生が暇つぶしに名探偵コナンごっこしてるとでも言いたいのか」
「や、とんでもありません。私は・・・」
「冗談だ。ところで・・・」
「はい」
「捜索願は?」
「出てます」
「いつ?」
「あ、ええと・・・」
佐賀は、先ほどすれ違った美少女の訳ありげな視線を思いだして、
「ファイル見せて」
「あ、これですか。これは、あの・・・」
躊躇する大下からファイルを取り上げた。
「10日前か。実の姉だな、願い出たのは」
佐賀はファイルを繰った。
ファイルの2枚目に印刷されている少年の顔写真を見た、佐賀の目が光った。
その顔に見覚えがあった。
「大下、2か月ほど前だが、駅前であった多重事故、覚えてるか」
そう言いつつ、佐賀の視線は、顔写真の下に記されている少年の詳細を追っていた。
「もちろんです。バイクや市バスを巻きこんで大混乱したアレでしょ。報告書あげるのに何度書き直したことか」
「あの事故の最中にさ、植え込みに倒れてる高校生くらいの少年を見つけたんだ」
佐賀はそう言うと大下を廊下の壁際に寄せて声を潜めた。
「その少年、怪我をしてたから救急隊員を呼びに行ったんだ。で、戻ってみたらもういなかった。そいつの怯えた表情、血走った目。
ただ事故を目撃してパニック状態になったのとは違う、何か違和感があった。その違和感が何だったのか・・・」
「もしかしてその少年が・・・」
「この子だ」
佐賀は、2枚目の顔写真を表にしてファイルを大下に返した。
「椿谷裕司か・・・。見つかったら教えてくれ」