スーパーソウルズ
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
カフェ店員が、シャインマスカットのタルトと深煎りコーヒーをトレイに乗せて運んできた。
それらを丁寧にテーブルの上に置いた。
「まあ、美味しそう」
多香子の口元から白い歯がこぼれた。
「いいんですか?」
多香子はテーブルを挟んで座っているカモ、リョウ、ゆっちんに言った。
「どうぞ、どうぞ」
「カモさんたちは召し上がらないのですか?」
カモたちの前には、ハウスコーヒーのみが並んでいる。
この日、レンはアルバイトで不在である。
「おかまいなく、どうぞ」
「甘いものは苦手で・・・」
「僕たちはさっき食べてきたんです、特盛・・・」
多香子は愛想笑いを浮かべて、ブラウンシュガーを一粒コーヒーカップに沈めた。
カモは、リョウとゆっちんに目配せした。
超科研部3人はすっと立ち上がって、深々と頭を下げた。
「すみません! 多香子さん!」
「えっ?」
多香子はコーヒーをかき混ぜる手を止めた。
「あれから変な電話や手紙、来てませんか」
「はい、来てません」
「不審な人物につきまとわれたりとかは?」
「そういうこともありません」
「そうですか・・・」
「よかった・・・」
「兄の件で、ですか?」
「はい、電話では手短にしか話せませんでしたが、ユアトっていう変わった野郎がYouTubeに動画をあげてまして」
「多香子さんは見ましたか?」
「はい、見ました。全部」
「あの動画があがったのが、多香子さんから相談があってSDカードを分析して間もなくのタイミングでした。だからもしかしてたお兄さんの大切な情報が、
僕らから漏れたんじゃないかと・・・」
「ファーストインパクト、セカンドインパクト全部見ましたが、あれはアシュロフ博士の本をなぞってるだけじゃないかしら。兄の話も実験の話も出てきませんし」
「そう思って、入手しました。超存在論」
そう言ってゆっちんは、トートバッグの中から千ページの洋書をテーブルの上に置いた。
「まぁ、これ全部お読みになったんですか?」
多香子は驚いてその本を手にとろうとしたが、片手で持ちあげられる重さではなかった。
「いちおう第二外国語はドイツ語なんですが、すみません全部読めてません。テキストに起こして翻訳機にかけて斜め読みしました」
「でもそこでひとつわかったことがあるんだよな」
「うん」
「何でしょう? わかったことって?」
「セカンドインパクトでユアトは、ゼーレには5つのステージがあって、それぞれ名前がついてると言ってましたよえね。モルガ、ヘブロ、ギルスとかなんとか。
その記述がこの本にはないんです」
「何度も検索で調べたし、ドイツ語専攻してる友達に手分けして調べてもらったんで、間違いありません」
「じゃあ、あれはユアトさんの創作だったの?」
「いいえ、創作ではありません」
「じゃあアシュロフ博士から直接聞いたのかも」
「それも考えたんですが、博士は5年前に亡くなっておられるし、晩年は外部との交流を絶っていたという話だから・・・」
「ユアトがアシュロフ博士から直接聞いたとは考えにくい」
「じゃあ、いったいどこから?」
「あのへんてこな古代シュメールチックな名前は、一般の人には思いつかない」
「きっとアシュロフ博士の研究成果だろうと・・・」
「で、調べ直しました」
「あったんですか」
「ありました」
「どこに?」
「お兄さんがアシュロフ博士から頂いたという、膨大な資料の中に」
「つまり今、多香子さんが首から下げておられるペンダントの中に」
「このSDカードの中に、ですか・・・?」
「はい」
「だから、すみません、と」
「僕らが情報漏洩源かもしれない、と」
「まさか・・・」
多香子の唇が、一瞬引きつった。
「そのSDカードの中には、天根ラボの実験データも入っています」
「決して人の目には触れさせてはいけないデータが」
「あの皆さんは、どういう実験が行われたのかご存じなのですか」
カモたちは、口を閉ざした。
リョウが冷めたコーヒーをすすって言った。
「別ルートで、ユアトがアシュロフ博士の資料を入手したのかもしれないし・・・」
ゆっちんがリョウに乗っかって、実験の話を打ち消そうとする。
「3本の動画で名前が出てこなかったから、実験のことは知らないかもしれない」
ところがリョウが言葉を継いだ。
「次の動画で公開するかもしれないし・・・」
「おい、リョウ!」
カモとゆっちんが、リョウに突っこむ。
口が滑った、とリョウは口を手で押さえた。
「真実はユアトにしかわからない。だから思い切って今、ユアトって野郎にアポ取っています」
「いろんなチャンネルを使って、会いたい、と」
「返事がくるかどうか、わかりませんが」
「ダメもとで」
「悪い奴じゃなさそうだし」
ユアトの容姿についてあれこれ言っていると、ゆっちんのスマホが鳴動した。
メールを開いたゆっちんが、椅子から落ちるほど驚愕した。
「・・・来たよ。あいつから・・・」
「ユアトから?」
「うん・・・」
「うそ、マジか」
「なんて、なんて」
ゆっちんはメールの文面をカモとリョウに見せた。
”超科学研究会の皆さん、元気?
よく僕のメアドがわかったね
会ってもいいよ
ただし条件がある・・・”