スーパーソウルズ
多香子が超科学研究会を訪れてから、1週間が経ったある日。
多香子と超科研メンバー4人の姿は、灌北大学構内の小さな会議室にあった。
壁際に寄せられた長机の上には小型のノートPC。
ケーブルはつながっていない。
ディスプレイには、黄色のフォルダーアイコンが表示されている。
長机の周りにパイプ椅子が並べられ、PCの真正面に多香子が座り、多香子を挟むようにカモとレン、リョウとゆっちんが両側に座った。
皆、PC画面をじっと見つめていた。
カモが切り出した。
「暗号解読に、僕が付きっきりで立ち合いましたから、余計なことはされてないと思います。いや、されてません。このフォルダーの中身は、まだ誰も見ていませんから」
カモに促され多香子が、フォルダーアイコンをタップするとフォルダーが開き、動画画面が立ちあがった。
三角形の再生マークが真ん中にあり、その背景は男性の静止画像。
いかにも聡明で実直そうな好青年のバストアップ。
それを見た多香子の表情に緊張が走る。
三角形の邪魔ものを割り引いても、その男性と多香子の面影が多分に重なると、男子部員たちは皆そう思った。
「お兄さんですね」
多香子が小さく頷いた。
「僕たち退席しましょうか」
と言いながら、カモとリョウは気を遣って腰を浮かせた。
「いえ、いてください」
「え?」
「でも・・・」
「しかし、これ・・・」
「兄です」
「この動画はお兄さんが多香子さんに残した最後の言葉かもしれない」
「そんな大事なもの」
「皆さんいてください。一緒に見てください」
「しかし、困ったなぁ」
カモは突っ立ったまま、手を頭の上に載せた。
リョウは椅子の背後に廻り、背もたれを掴んで思案した。
「お願いします」
なおも多香子が頭を下げる。
「どうする、レン?」
レンも立ったまま、見たい気持ちと見てはいけない気持ちの狭間に揺れて無言。
「SDカードにこのクラブの名前を書き残したのは、皆さんに見てもらいたいという兄の気持ちだと思うから」
不安げに懇願する多香子の顔を見てカモ、リョウ、レンは戸惑った。
「わかりました。そこまで言うなら」
ひとり静観していたゆっちんが、突然キリっとした顔を多香子に向けた。
「一緒に見ましょう!」
「ありがとうございます」
多香子が深く頭を下げる。
カモとリョウ、レンはゆっちんを睨みながら、渋々着席した。
多香子が動画再生ボタンを押した。
「多香子がこれを見ているということは・・・」
動画が動きだし、画面上の佐伯道雄が穏やかな口調で語り始めた。
カモは思わず目を閉じた。
リョウはPCから顔をそむけた。
「たったひとりの大切な妹を独りにさせてしまって、すまない・・・」
カモは膝に置いた拳を握りしめて、感情が溢れるのを堪えた。
「もし超科学研究クラブのみんながこの動画を一緒に見ているのなら、頼みがある。多香子の力になってやってほしい」
道雄のその言葉に、カモは目を開いて顔をあげた。
リョウもPC画面に向き直った。
すぐ隣で多香子が必死に耐えているのを感じながら、レンもじっとPC画面に視線を注いだ。
ゆっちんは震える手を、リョウに伸ばして言った。
「こんなこと、あるのか、現実に?」
「亡き先輩のご遺志だ。しっかり聞け」
とリョウがすかさず言う。
リョウも涙目だった。
道雄の話が研究室の実験の経緯に移った。
「ヒトの深意識の探求。それが、天根与志郎研究室が追い求めた研究テーマだった。
自我とか自意識とかを哲学的にとらえるのではなく、物理的に解明しようする科学的アプローチ。
1980年代にアメリカの脳科学者ペンローズが提唱した量子脳理論が、学会に新たなきっかけを作った。
天根教授がとくに着目したのが、過去の記憶を持つ人たち。
自我とは脳に固着したものではなく、実は移ろいやすいものではないかという仮説を立てた。
そしてそれを実証するための実験を行うに至った。
ヒトの自我意識を、人為的に他のヒトに転移させる。
冷静に考えたら、そんな人体実験が倫理的に許されるはずがない。
しかし時間をかけ調査し、人選し、実験機材を購入したら、もうあとには退けなかった。
倫理委員会の結論を待たずに実験を強行した。
実験は成功した。MEGは完全にその瞬間をとらえていた。興奮したよ。
それはたしかに存在する。存在の証明を学会で公表するはずだった。
でも案の定というか、実験直後にデータ没収、実験機材は解体された。
天根研究室は完全に潰されたんだ。
しかし僕はリスクを見越して、自分のPCにテータが転送されるよう細工しておいた。
このことは天根教授には言ってない。
なぜなら、その存在について教授と意見の相違があったから。
教授はその存在に関してヒト由来のものだという一貫した主張を曲げなかった。
しかし様々なケースを検討していく中で僕は教授に、ヒト以外の要素も考えられるのではありませんかと言ったことがあった。
そしたら、ひどく憤慨されて延々説教された。
自分は人間の脳の研究をしている。ヒト以外の結論に帰着するなどあり得ない、と。
たしかにそうだと思いつつも、自分の中に消せない何かがあって、研究室が閉鎖され天根教授が大学を去られたあと、僕も大学を辞めた。
しばらく実家に戻って、研究のことは忘れようと努めたが、もやもやが消えず、このデータを分析して、自分なりの結論を見つけようと自力で研究を再開した」
「すごいな、佐伯先輩」
「話の7割わからない」
「MEGって何?」
「やっぱ倫理的に問題ありの実験だったんだ」
いったん動画が途切れ、部員たちが口々に感想を述べあった。
多香子は、道雄の言葉を聞き逃すまいと集中を切らさない。
写真つきのレポートが1枚、PC画面に映しだされた。
年配の西洋人で、オリベール・アシュロフの名前が下段に記されていた。
動画がふたたび、自動的に再生を始めた。
「アシュロフ博士は、言語学者で歴史学者で理論物理学者で、ときには優れたチェロ奏者でもある。
実に才能豊な人だが、学会では変人扱いされ、疎まれていた。
そのアシュロフ博士の著書を読んだときに、自分が考えている説と通じるものを感じた。
で、すぐに手紙を書いて面会を申し出た。
返事は期待してなかったが、数か月後、オーストリアから小包が届いた。
書簡が添えられていた。
”この1テラバイトのハードディスクに、私の研究成果のすべてが詰まっている。私は末期ガンで余命幾ばくもない。
人類がどのように終焉を迎えるのか見たかったが、それも叶わぬ。あとは、君に託す”
まさかと思いつつ、知り合いを頼って博士の安否を確かめた。
けどもうそのときには、亡くなっておられた。
博士には共同研究をする同僚も弟子もいなかった。
偶然僕が書いた手紙を読まれて、後継を託す気持ちになられたようだが、その研究資料の量も質も凄すぎて、正直当惑しかなかった。
でも博士からの書簡の、最後の言葉で勇気をもらった。
”その存在が地球外由来であること。そしてその存在は有史以前、おそらく数千万年年以上前から地球に存在するという君の意見に賛同する。
もっと早くミチオに会いたかった”アシュロフ博士はあらゆる論文の中でその存在を、”ゼーレ”と呼んでいる。ドイツ語の魂という意味だが、