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スーパーソウルズ

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暗転した舞台に照明が灯った。
それがユアトの動画の続きであった。
普段なら音楽ライブや演劇が開催されるであろう比較的大きなステージだ。
そのセンターにひとりの人影が進みでた。
照明が映しだしたその人影は、ニットキャップを被りサングラスをかけていた。
ユアトである。
胸にワンポイントをあしらった白いポロシャツを着ている。
カメラがユアトを捉え、ユアトの顔がアップになる。
ユアトは耳に手を添え、聞き取る素振りをした。

「おや、お前のファーストインパクトはこんなもんか!という声が聞こえますね。まだまだこんなもんじゃありません。
次は本物のチェザルモに登場していただきます。まずは、これをご覧ください」

照明が落とされ、ステージ後方に設えられた大型スクリーンが稼働した。
スクリーンに、幼い子どもが描いたような拙い絵4枚が表示された。
スケッチブックにクレヨンで描かれたその絵は、人物や建物こそ単純化されているが、しかしそれでもそれが何を表しているのかは、ちゃんと伝わってくる絵だった。
天守閣のある城郭、鎧兜を纏い刀剣を振るって戦う侍、立派な庭のある屋敷、海に浮かぶ大きな船影。
それぞれが太い線と細い線が組み合わされ、黒や赤、黄色など様々な色彩で活写されていた。
スクリーンからズームアウトし舞台全体の画になった。
スクリーンに被さらないように2脚のスツールが舞台の上手と下手に置かれていた。
上手のスツールにユアトが腰かけた。
ユアトは、スクリーンに映しだされている絵を見ながら言った。

「これを描いた人を紹介します。橋本正次郎さん、どうぞ」

ユアトがそう言うと、カメラが無人の客席にパンした。
客席と舞台を繋ぐ短い階段を、ある人物が昇ってきた。
ユアトは椅子から立ち上がって、その人物をもう一方のスツールに案内した。
スツールに着座してもなお、その人物の顔をカメラが捉えることはなかった。
カメラを背にして座る背中に対して、ユアトが話しかけた。

「僕の初めてのショーにお越しいただき、ありがとうございます、橋本さん」

橋本は緊張気味に「はい」と答えた。

「これは橋本さん、あなたが描いた絵ですね」
「はい、よく覚えていませんが、ずっと家にありました。私が4歳か5歳のときに描いたものらしいです」
「らしい、とは?」
「母からそう聞きました」
「橋本さん、カメラのほうを向いていただいてもよろしいですか」

画面が橋本の後頭部の画になった。
やや躊躇した後、橋本は椅子の角度を変えてカメラのほうに顔を向けた。
ごつごつした日焼けした顔は、深いしわが目立つ50歳代の男性のものであった。

「千葉で鶏を飼っておられる橋本さん」

橋本の口元が初めて緩んだ。

「僕が断言します。橋本さんは正真正銘ゼーレを持ったチェザルモです」

ユアトはカメラ目線で決めポーズをとった。
白髪まじりの短髪から滴る汗を太い指で拭う橋本の硬い表情がアップになった。
次にユアトは両手を広げて、まるでわからないという表情を作った。

「なぜ、どうして橋本さんがチェザルモなのか、ここまでの情報だとわからないですよね。補足させてください」

スクリーンに1枚の写真が映しだされた。
年配の婦人の後ろ姿が映っていた。民家のダイニングルームのような場所だ。
婦人と対話するような恰好で、ユアトも写りこんでいた。

「一般の人でも幼稚園児の頃の記憶、大人になれば薄れますよね。
全然思い出せない人もいる。
しかし母親というのは、我が子のことは産まれたときから今の今までのこと、すべてを記憶しているものです。橋本さんのお母様もそのおひとり。お話を伺ってきました。
橋本さんがこれらの絵を描いた幼少期に、橋本さんはお母様に次のようなことを話されたそうです。
自分は小田原藩の家臣吉野壱之介の長男であったこと。箱根の関所守衛の任にあたっていたこと。
関所を通す通さぬで旧幕府軍の残党である遊撃隊の一派と押し問答になったこと。一発の銃弾が引き金となり、関所を挟んでその遊撃隊と交戦になったこと。
真鶴の海岸に榎本武揚率いる海軍の軍船が現れたこと。
等々を5歳とは思えないしゃべり方で、5歳の子どもが知るはずもない内容の話を、これまた子どもらしくないタッチの絵を描きながら次から次とお母様に訴えたそうです。
これらの絵はお母様があまりに奇妙に感じられたので、捨てずに取って置いたのだと。憶えてらっしゃいますか。橋本さん?」
「いいえ、憶えていません、まったく記憶が薄れてしまって・・・。しかし・・・」

橋本はそれまでとは異なるしっかりとした口調で続けた。

「志を持った者同士がなぜ戦わなければならなかったのかという漠然とした思いは、今も心の中に残っています」

ユアトはカメラに向かって喋り始めた。

「調べたところ小田原藩に吉野何某の名前はありました。
小田原藩が箱根の関所を守っていたことも歴史的事実。徳川幕府再興を目論む一派と小田原藩が箱根で一戦交えたことも史実。
ただ橋本さんのファミリーヒストリーには、吉野姓はひとりもいませんし、むろん小田原藩とも徳川家とも関係性がまったくありません。
ご先祖様が武士だったという事実もありません。
なのになぜ、まだ5歳くらいの幼い橋本少年がこれらの絵を描くことができたのか。
そこまでポピュラーではない幕末のワンシーンを、お母さんに話すことができたはなぜなのでしょうか」

ユアトはサングラスを外し、ニットキャップを脱いだ。
睫毛の長い青く大きな瞳をレンズがとらえる。
束ねられていた長い髪がふわっと解けて落ち、ユアトの肩先にまとわりついた。
鹿毛色のストレートヘアをユアトは、頭を前後に振って整えた。

「橋本正次郎さんでした。今は千葉県で養鶏農家を営んでおられます。ありがとうございました」

橋本は立ち上がってユアトとカメラに向かって礼をした。
4枚の幕末の絵がクローズアップされ、フェードアウトしながら再び舞台は暗転した。
暗闇の舞台後方スクリーンに白抜きのテキスト文章がすうっと浮かびあがる。

”この番組出演にあたり、橋本正次郎さん(仮名)には僕からいくつか贈り物をしました。
古くなった鶏舎を改築し、さらに新しい鶏舎を建てて差し上げました。
もしさらに橋本さんにお話を伺いたいという人がいたら、僕くらいの誠意をもってお願いしますね。
ユアト”


作品名:スーパーソウルズ 作家名:椿じゅん