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スーパーソウルズ

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晶子と書いてショウコと読む。
それが彼女の名前。
俺にふたたび音楽を奏でる喜びを与えてくれた女。
グランドピアノの隣で”As Time Goes By" を歌う晶子。
昼間は音楽専門学校の声楽科の通い、夜は歌舞伎町のラウンジでフロアレディをしている。
学費がべらぼうに高いらしい。
接待仕事は苦手だと言っていた。
学費を稼ぐために仕方ない、我慢していると、しばしば溜息をついた。
そこまでして歌い手になりたいという情熱が晶子を突き動かしていた。
店では客のリクエストに応えて歌声を披露することがある。
それが彼女の息抜きにもなっていた。
晶子に初めて会った日、俺は当時しがないサラリーマンだった。
大学の延長でジャズバンドを組んでいたが、自然消滅しそのまま夢をあきらめた男。
でかくもない旅行会社の営業だった。
大企業の部長の接待で歌舞伎町のパリセーズを訪れたとき、彼女の歌声を聴き、虜になった。
晶子の歌を間近で聴いていたい。
彼女の歌のピアノ演奏ができたら・・・。
消えかけていたハートに火がついた。
錆びた腕を磨き直して、パリセーズの門を叩いた。
当時、専属のピアニストは下腹部の出っ張りが目立つ女性だった。
産休に入ることは目に見えていた。
俺は妊婦さんと同じレベルでピアノが弾けることを、店のオーナーにアピールした。
晶子に惚れていることは口が裂けても言えない。
オーナーは女性演奏者を希望していたが、昔から女性ヴォーカルを引き立てるのは男性ピアニストだと熱弁した。
結果、週1回月曜日のみという約束で、なんとか職にありついた。
その後は店に気づかれないように、晶子にアタックした。
晶子は歌うことに憧れていて、恋愛に興味はなかった。
俺はそれでよかった。
晶子が歌うところを傍で見ていたかった。
彼女と同じ時間、同じ夢を見ていたかった。
晶子が"時の過ぎ行くままに”を歌い終えると、黒服が彼女をボックス席に案内した。
ボックス席には、晶子を気に入っている地元の暴力団の幹部が舎弟を連れて居座っていた。
晶子は舎弟と幹部の間に座った。
心配そうに見つめる俺に晶子は、”大丈夫”と目で合図を返した。
折しもヤクザの抗争事件が頻発していた時期。
その幹部も例外ではなかった。
暗い店の扉の向こう側で大きな物音がした。
男たちの怒声や言い争う声が聞こえてきた。
扉が破られ、数人のヤクザ風の男たちが店になだれこんできた。
そのうちのひとりの手に拳銃のようなものが見えた。
俺はボックス席を振り返った。
いきり立った顔の幹部の横に、怯えた表情の晶子がいる。
「しょうこ! 逃げろ!!」
と叫んだが、足がすくんだのか、晶子は動けない。
俺はボックス席に走った。
「ヤロー! テメー!」
と誰かが叫んだ。
俺の背後で銃声が轟いた。
乾いた銃弾の発射音が残響する。
俺は指先がしびれ、身体が激しく痙攣した。
痛みはないが、口を開こうにも声にならない。
そんな俺を見つめる晶子の瞳。
怯え慄く晶子の瞳・・・。

「真凛さん、真凛さん!」
恭一は真凛の肩をゆすった。
真凛は、組んだ腕にうずめた顔をあげた。
「あ、キョーイチ」
真凛の頬に涙の流れた痕があった。
「真凛さん、泣いてたんですか」
「泣いてねえよ」
「涙の痕が・・・」
「バカ、泣くわけないだろ。ちょっと昔のこと想いだしてたんだ」
「ならいいですけど・・・」
恭一は真凛の対面に座った。
「でキョーイチ。彼女は見つかったのか?」
「はい、見つかりました」
「やっぱりな。俺の勘すごいだろ」
「や、それ多分、レオさんに訊いたんでしょ?」
「八王子とか吉祥寺は丘サーファーのたまり場なんだよ」
「ついていけません、丘サーファーとか・・・」
「んなことより、どこの店だ、童門香織がいるのは?」
「あそこに見える雑居ビルの4階」
恭一はファストフード店のガラス越しに見える雑居ビル群のひとつを指さした。
「ガールズバーです」
「行くぞ、その店!」
真凛はテーブルを片付け始めた。
「待って!」
「なんだ?」
「未成年は入れない店です」
「お前、老けて見えるから入れるだろ」
「身分証提示求められました」
「ジュースだけでもダメなのか」
「はい。入り口で止められました」
「きっちりしてるな」
真凛はあげかけた腰をおろした。
「コンプライアンス」
「じゃあ、ドンキで変装道具買ってこい。つけ髭とか」
「ばれますって」
「ちぇ、わかってたら身分証偽造してきたのに」
「偽造とか、犯罪ですよ」
「昔は高校生でもざらに・・・」
「時代が違うんです」
「時代か・・・本当によくなってるのか」
「真凛さん、もう帰りましょう」
「なんで帰るんだ?」
「童門香織が働いてる店がわかったから、もういいでしょう。いかがわしいガールズバー」
「いかがわしいかどうかわからないだろ」
「帰りましょうよ。もう終電がなくなる」
「タクシーで送ってくよ」
恭一は椅子の背もたれに背中をつけて中空を仰いだ。
真凛がじりじりと焦っている様子を、恭一は感じた。
「どうするんですか、真凛さん?」
「どうするって・・・童門香織に会う」
「待つんですか?」
「待つ」
「いつ彼女のバイトが終わるかわからない」
「待つ、ここで」
ファストフード店の2階客席の窓からは、雑居ビルの入り口付近がはっきり見えた。
真凛は窓にもたれるように雑居ビル群を眺めた。
恭一は店内を見廻した。
ハンバーガーを頬張る独身サラリーマン。
談笑する女子校生たち。
恭一は立ち上がって真凛に言った。
「僕、帰ります」
「待てよ、キョーイチ」
真凛は恭一のズボンを掴んで引き留めた。
真凛の不安げな表情を恭一は見逃さなかった。
「真凛さんもわかってるはずだ。童門香織は晶子さんじゃない」
「わかってる」
「わかってない。童門香織は学校にも来ない。目的もない。ただ男のために夜の店で働いている、クズな女」
「彼女をそんな風に言うな」
「どうしてですか、どうしてそこまで・・・」
「恭一こそわかってない」
「何がですか。言わしてもらいますけど、童門香織は女性には興味ない」
真凛は一瞬口ごもったが
「なことはどうでもいい。俺はもう・・・惚れたんだよ、童門香織に・・・」
と開き直った。
「傷つくだけですよ」
「それが人を好きになるってことだろ」
「でも怖いんでしょ。童門香織に嫌われることが」
「・・・それも含めて、恋なんだよ」
「恋とかよくわからない。ただ見てられないんです。真凛さんが傷つくのを・・・」
恭一は口を一文字に結んだ。
恭一の目に涙が溢れた。
「傷ついてほしくない・・・。真凛さんのことが・・・好きだから.・・・」
こぼれる涙を隠すため恭一は椅子に座って顔を隠した。
サラリーマンがキーボートを叩く手を止めた。
談笑する女子校生は会話を中断して聞き耳をたてる。
周囲にいた客の目と耳が、真凛と恭一に集中した。
「おい、キョーイチ・・・こっちに来い!」
真凛は恭一の頭を平手で叩いた。
そして周囲に愛想笑いを振りまいて、興味津々の野次馬の視線を遠ざけた。
恭一を隣に座らせると、真凛は恭一の震える肩を抱いた
恭一は涙を拭って気持ちを落ち着けて言った。
「真凛さん、ごめんない。言い過ぎました」
「いいよ」
作品名:スーパーソウルズ 作家名:椿じゅん