スーパーソウルズ
スタジオスウェイドのある建物を出て、”姫君”の4人と山本恭一は駅までの道のりを歩いていた。
「あっ!」
と言って真凛が立ち止まった。
「どうしたの、真凛?」
「忘れ物・・・したみたい・・・」
真凛はポケットに手を入れて何か探す素振りをした。
「スタジオに?」
「うん・・・。取ってくるわ。先に帰ってて」
「そう・・・」
ひめ、うらら、綾乃は顔を見合わせて
「じゃあ、」
と駅に向かって歩を進めた。
恭一も無言で3人に付き従ったが、真凛が恭一の襟首を掴んだ。
「キョーイチ、お前は付き合え」
「な、なんで、俺が?」
「夜も遅い。女子高生がひとりで歩いてたら物騒だろうが」
「ま、真凛さんなら大丈夫かと・・・」
うすら笑みを浮かべる恭一の腕の皮を、真凛がつねった。
「いてててて」
真凛と恭一のやりとりを離れたところから見ていたひめが恭一に言った。
「山本くん、付き合ってあげて」
恭一は腕をさすって渋々承諾した。
真凛と恭一は3人の姫君と別れて、スタジオに戻る道を歩き始めた。
「で、キョーイチはどう思った?」
「どうっ、て?」
「ゼーレやユアトの話」
「さっぱり全然理解できないっす」
「何か感じるところはあるだろ」
「そういうの、鈍感で・・・。ただ・・・」
「ただ・・・」
「ユージの様子が、最近変だなぁと感じていて・・・」
「ふむふむ」
「・・・それだけ」
「それだけかい!」
真凛と恭一はスタジオスウェイドに戻った。
カウンタースタッフに忘れ物と声をかけ、ルームAに入った。
「何ですか、忘れ物って?」
「あの浴衣の彼女、家に帰ってないんだろ」
「陸上部の先輩ですか?」
「だから調べてもらう」
「誰に?」
真凛は答えずに私物ロッカーに向かった。
4桁の開錠コードを押し、中からラップトップPCを取りだし、テーブルの上に置いた。
ラップトップを開き、電源を入れる。
テンキーを叩くと、ディスプレイとキーボードの間に3Dのポリゴンが立ち上がった。
「金井カーネル真凛」
真凛は自分の名前を言いながら、変顔をポリゴンに向けた。
「やあ、真凛。こんばんわ」
Approvalの文字が表示されたあと、3Dポリゴンから返事があった。
「こんばんわ、レオちゃん」
「真凛、ちゃんづけは親しみを表す反面、人を小ばかのしている表現でもあるのだよ」
レオと呼ばれたポリゴンは、彫の深い目鼻立ちに長いあごひげ。
西洋の偉人のような顔立ちをしていたが、全体は2頭身だった。
「確かに。言い得て妙」
「ひめやうららはいないのですか」
「何ですか、これ?」
と部屋の隅で、恭一が驚きを隠せない様子で呟いた。
「誰ですか、そこにいるのは?」
威厳のある声で問うレオ。
両者を見較べて、真凛は天を仰いだ。
「見つかっちゃった・・・」
「ルール違反ですよ、真凛。ひめに叱られますよ」
「それは大丈夫。キョーイチをこの部屋に最初に入れたのはひめ本人。それにキョーイチはチェザルモのことも知ってるし」
『彼はチェザルモではありませんね」
「みたいだね」
「では、この件はペンディングにしましょう。では・・・」
ポリゴンが薄くなって消えかかる。
「待って、待ってよ、レオちゃん」
「何ですか、真凛」
「用事があって会いにきたんじゃん」
「姫君4人が揃ってないケースでの質疑応答は許可されない、というルールお忘れですか」
「忘れてない。知ってる。知ってて尋ねる」
レオは困った顔をして渋々
「何ですか、用事とは?」
「ある女性について調べてもらいたい」
「ある女性? 個人的なことは受け付けませんよ」
「チェザルモかもしれない」
咄嗟に出た真凛の出まかせだった。
レオはしばらく考えて言った。
「名前を言ってください」
「どうもんかおり」
3Dポリゴンは一瞬止まったが、すぐに動きだした。
「どうもんかおりは日本に10人います」
真凛は恭一を手招きした。
「名前を言え、漢字で」
レオの近くに呼び寄せられた恭一はドギマギしながら
「俺の・・・?」
「お前んじゃない! 浴衣の彼女」
「あ、どうもん先輩」
「漢字で言うんだよ」
「・・・?」
「レオ。リスト出して。リストから選ぶ」
PC上に、10人のどうもんかおりの名前と年齢が投影された。
恭一はリストの上から下まで見較べて、8番目を指さした。
「これ、童門香織。18歳」
その名前のセル背景は他と違って、薄いピンクになっていた。
「レオ、この子は?」
「チェザルモの可能性有りです」
「やっぱり、そうか・・・」
真凛は大げさに薄々感づいていた演技をして見せた。
だが内心は予想外の事実に少々面喰らった。
色分けリストは真凛が初めて見るものだった。
「可能性の段階です」
とレオが言う。
「今現在どこにいるか知りたい。住所地には帰ってないらしい」
「可能性の段階なので、トレースは5%しかできていません」
「どこで暮らしてるとか、どこかでバイトしてるとか・・・」
「不明です」
「最新の画像はある? 背景で場所とかわかるかも」
「少しお待ちください」
無数の画像が矢継ぎ早に表示され、最後に1枚の写真が真凛たちの目の前に表示された。
浴衣姿の童門香織であった。
「この娘だ・・・。間違いない・・・」
真凛は胸がつまる思いを堪えた。
それは俯瞰で撮られた全身写真で、背景がほとんど映っていなかった。
「場所がわからない。別の写真は?」
背景に、人込みと屋台が映りこむ写真に替わった。
「あちゃー。これ山下公園じゃん」
「これより古いのは、高校入学時です」
「要らねぇ」
真凛は花火に映える浴衣姿の香織を見て思案した。
「これじゃあ、わからないなぁ・・・」
恭一が写真をじっと見て、あることに気づいた。
「もしかしてわかるかも・・・」
「えっ?」
「レオさん、顔をもっとアップに」
「何だよ。キョーイチ」
香織の顔がズームアップされた。
二重に涙袋。幼さが残る目尻。
「目元じゃなくて耳元」
香織の右耳がズームアップされた。
耳飾りが輝いている。
「真凛さん、このイヤリング。ピアスかな」
イルカを象った銀色の小さなフィギュアが香織の右耳に光っていた。
「イルカ?」
「イルカ・・・」
「このあたりでイルカといえば・・・」
真凛と恭一は顔を見合わせて言った。
「えのすい!!」