スーパーソウルズ
横浜中華街駅の階段を駆けあがると、真凛と恭一は中華街を背にした。
向かう先は横浜港に面した山下公園。
真凛に手を引かれるようには山下公園に着いた恭一は
「ベタなデートコースですか、真凛さん」
と嬉しそうに尋ねた。
「うるせぇ、キョーイチ。黙ってついてこい!」
風に乗って、弾むようにリズムを刻むギター音が聴こえてきた。
公園内の芝生広場に若者たちで賑わう一画があった。
彼らは照明が焚かれた仮設ステージを囲み、ステージ脇に積まれた大きなスピーカーから大音量で流れる音楽に酔っていた。
「間に合った」
真凛はいったん歩みを止めた。
「ライブっすか? 誰っすか?」
「クレイジーケンバンド。俺は横山剣さんをクールスの時代から知っている。クールスは俺の青春だった」
「俺の青春だったって、真凛さんまだ17歳でしょ」
「それがな、キョーイチ」
真凛は事情を告げようとしたが、”ま、ええわ”と呑みこんだ。
公園広場を取り囲む角々に、幟旗を立てた仮設店舗が設置されていた。
アルコールやソフトドリンクを提供する店、ケバブやソーセージ、鶏の唐揚げを売る屋台などがあった。
真凛はステージ前に急いでいたが、若者のカップルや女子中学生のグループが行列をなす繁盛店に行く手を阻まれた。
「あ、真凛さん、ここ有名なタピオカのお店」
恭一が嬉々として繁盛店の看板を指さした。
「お前、JKか」
と、真凛が絶妙な突っ込みを恭一に入れた。
そのとき、長い髪をアップにした女性の姿が真凛の視界の隅を横切った。
その女性は買ったばかりのタピオカティーの入ったプラスティック容器を手に、店の前から立ち去ろうとしていた。
真凛の視線はその女性に釘付けになった。
真凛の脳裏にある女性の記憶が蘇り、時間が止まった。
「しょ、お、こ・・・」
無意識のうちに真凛はそう呟いた。
目の前を通り過ぎた女性に真凛は、あらためて
「しょうこ!!!」
と叫んだ。
女性の隣にいた若い男が真凛の声に反応した。
髪をレンガ色の染めゴールドのアクセサリーをつけた若い男は真凛を睨みつけた。
恭一は真凛の袖を引いた。
「真凛さん、人違いです」
「いや、しょうこだ!」
なおもその女性に接近しようとする真凛を、恭一が「真凛さん!!」と一喝した。
クレイジーケンバンドの楽曲タイガー&ドラゴンのさびが公園内に響いた。
「真凛さん、彼女は・・・」
タピオカの女性と連れの男は、振り向きもせずその場をあとにした。
ふたりが立ち去るのを待って恭一が言った。
「彼女は、うちの高校の女子で・・・」
「違う、彼女は・・・」
明らかに混乱した目をしている真凛を、恭一は人影まばらな広場の外れまで連れて行った。
「彼女は、いっこ上の先輩で、名前は・・・」
「なんでわかる?」
「同じ陸上部だったんです」
「しょうこじゃない?」
「誰です、しょうこって?」
「・・・」
「彼女は童門香織、第一農高3年生18歳」
「見間違えてないか?」
「目の前を通ったんですよ。至近距離で見たから間違いありません」
「童門香織?」
「結構美人なんで、学校では皆知ってます」
「そうだろうな」
「その割に誰とも付き合ってないらしくて・・・」
「キョーイチの学校へ行けば彼女に会えるのか」
「いやぁ、それが・・・」
恭一は真凛から目をそらせて頭を掻いた。
「夏の大会で陸上部引退して・・・」
「部活辞めても学校来るだろ」
「噂ですけど、引退後は誰も彼女を見た奴いないみたいで・・・学校では」
「学校に行かなくても余裕で卒業できるからか?」
「いや、そんな感じでもなくて・・・さっき見たような男と遊んでるらしくて・・・」
「しょうこはそんな女じゃない!」
「だ、か、らぁ、真凛さん」
「あ、童門香織か、今は・・・」