スーパーソウルズ
有楽町のビル街にある小さな映画館の前に高級乗用車は停まった。
最後の上映を終えて客は捌け、映画館はひっそりしていた。
スクリーンがひとつしかない小さな映画館は座席数も少ない。
仄かな客電が灯るがらんとした客席に、人の影がひとつだけあった。
視界のすべてにスクリーンが収まる特等席に、年老いた男が座っていた。
ひめは重い扉を押しあけて、場内の中央付近にぽつんと座る男のふわりと輝く頭髪を見つけた。
すると、場内の後方から光の帯がスクリーンめがけて放たれた。
モノクロの無声映画が始まった。
「淡嶋会長、まぁ贅沢なですこと」
ひめは男に隣の席に静かに掛けた。
「映画は映画館で観るにかぎる」
淡嶋英豪はそう言うと、ポップコーンの入った紙箱をひめに手渡した。
ひめはポップコーンを一つまみして、口元に運んだ。
「”キッド”ですね」
「ああ。チャップリン映画はモダンタイムスや黄金狂時代だという人も多いが、私はこの映画が一番好きでな」
「あたしもです、会長」
淡嶋はスクリーンを見つめるひめの横顔を一瞥して目を細めた。
しばらく隣合わせて映画を観たあと、淡嶋が切りだした。
「捜索範囲を広げてみてはどうかね、ひめ」
「椿谷裕司の件ですか」
「ああ」
「はい、上空から捜索してもらうよう群馬県警と栃木県警に協力要請を」
「いや、もっと広範囲に」
「関東全域ですか」
「いや、広範囲に」
「は???」
「金精峠トンネル付近の事故車、何か引っかかるんだよ」
「ひっかかるというと?」
「レオのNシスと監視カメラのハッキングは北関東だろ」
「ええ、それとメールや通信全部、北関東に集中して分析してもらってます」
「私の思い違いかも知れんが、北関東にはいない気がするんだ」
ひめは少し不思議そうな顔をした。
「事故現場の近くに落ちていた麻縄、裕司のDNAが付着していました」
「偽装かもしれん」
「事故の偽装ですか?」
「わからん。事故は本当に起きたのかもしれん。ただその裕司くんがレオの捜索網にかからないことがな。2週間も・・・」
「そうですね、言われてみれば。捜索範囲見直します」
「ああ。早く見つけたほうがいい」
映画”キッド”は終盤を迎えていた。
名子役ジャッキー・クーガンと名優チャップリンが権力者たちに無理やり引き離されるシーンで淡嶋は、手を軽く挙げて映写を停めた。
客電が灯った。
「この続きはまたにしよう」
「はい」
ひめはハンカチで目頭を押さえた。
「ところで」と言って、淡嶋は懐に手を入れた。
上着の内ポケットから写真を取り出した。
写真には、青い目をしたロングヘアの人物が写っていた。
ひめは受け取った写真を仄暗い照明にかざし、目を凝らしながら、「誰ですか?」と尋ねた。
淡嶋は老眼鏡をずらし、ひめの問いに答えた。
「きょう昼過ぎ、ユーチューブにあがっていた。名前はユアト」