スーパーソウルズ
九州大宰府と畿内の朝廷を結ぶ山陽道が現在、国道2号線に受け継がれていることを裕司は知っていた。
だから東に歩いて行けば京都大阪を越えて、いずれは東京まで辿りつけるだろうと思って裕司は足を動かした。
ジローはタフだ。
時々舌を出して体温調節しながらどんどん進んでいく。
ジローに較べて裕司の足どりは重い。
遠くに見える山脈の形がいっこうに変わらないまま、太陽だけが西に傾いた。
ビニールハウスや果樹園が広がる農村地帯を抜ける。
山裾に貼りつくような民家が谷間に点在する山間の村を通り過ぎる。
長い橋を渡りながら振り返ると、輪郭のぼやけた夕陽が雲間に沈む。
通りがかったトラックが、とぼとぼ歩く裕司を追い越して停まった。
ウインドウを下ろしてトラックの運転手が
「乗っけてやろうか?」
と声をかけたが、裕司がジローも一緒にという意思表示をすると、運転手は首を横に振り走り去った。
ジローが、クゥッっと小さく啼く。
ジローの頭を裕司が撫でた。
そしてリュックを背負い直し、ゆるやかに登る坂道を歩き続けた。
太陽が沈み、夜の帳がおりる。
東の空にわずかに欠けた月が顔を出した。
薄い雲がかかっていてぼやけた月光ではあるが、それでも車道の白線をぼんやりと浮かびあがらせた。
山は黒い森に覆われ、人家の気配もない。
トラックの運転手に声をかけられて以来、往来する車は一台もない。
落石注意や獣飛び出し注意の道路標識には時折出くわす。
だがそれ以外、看板の類や現在地を判別する道標は一切見えない。
どこを歩いているのか定かでない。
わずかな月明りと白線だけを頼りに裕司は、アスファルトの車道の脇を黙々と歩き続けた。
疲労感が増してきて、時間の感覚も失われつつあった。
月がその軌道の頂点に達する頃にひと休みしようと、裕司は時折立ち止まって月の位置を確かめた。
何度目かに月を見ようと顔をあげたときだった。
真っ白な強烈な光が、裕司の視界いっぱいに広がった。
月の光ではない。
眩暈を誘うような強烈な眩しい光だった。
かと思うと、身体が軽くなる感覚を裕司は感じた。
身体が無数の見えない柔らかな糸で引きあげられるようだった。
両足のつま先が地面から離れようとしている。
リュックサックが肩から地面に落ちた。
ジローを見ると、光に包まれたジローの足も地面から浮いていた。
自分の身体もふわふわと浮遊している感覚があった。
死の予感がして裕司は目を閉じた。
警笛。
遠くから車のクラクションが聞こえる。
これが死の間際の葬送曲なのか。
首をもたげたジローが、光の中に吸い込まれていく。
円錐状に広がる光のスカートが裾のほうから徐々に消えていく。
理由もなくあの呪文のような文言を思いだす。
ワレハワレノミデハナイ。ワレワレガテヲトリアウトキ・・・。
クラクションが大音量になり、急ブレーキがかかる音がした。
宙に漂う裕司の左足首を何者かに掴まれた。
上空から道路に放たれた眩い光は、幻覚だったかのように一瞬にして消えた。
森を貫く路面が薄闇に包まれるなか、車のヘッドライトだけが光源として残った。
裕司とジローは車道の真ん中に倒れていた。
横倒しになっている感覚と目覚めて間もないような意識が、裕司にはあった。
しかしながら、身体を動かすことができない。
背後でドサッという音がした。
ジローのクウゥッと啼く声が聞こえた。
反射的に裕司は眼を動かした。
だが首や肩を即座に回すことができなかった。
落下したであろうジローの様子を窺い知ることができなかった。
ようやく頭を持ちあげた裕司は、眩しいヘッドライトに目を伏せた。
光に中に人影があった。
長身で細身の若い男性らしき影だった。
男は裕司を抱き起こした。
裕司が眩しそうに男の顔を見あげて、問うた。
「あなたは?」
「僕はユアト。君は、椿谷裕司くんだね」
それが裕司とユアトとの初めての出会いであった。