スーパーソウルズ
踏切を渡って、裕司は駅の反対側に出た。
単線のため反対側には駅の出入り口がない。
小さな田畑と民家が交互に並ぶ細い道を線路伝いに歩いた。
その道はさびれた商店街につながっていた。
シャッターを閉めた店が多いなか、細々と営業している店も点在していた。
店先でうつらうつらしていた八百屋の老母が、遠くから歩いてくる裕司を見つけた。
その途端、背筋をシャンと伸ばして立ち上がり、店の奥に消えた。
裕司が八百屋にさしかかったとき、老母は店の奥から戻り、膨らんだレジ袋を裕司に差しだした。
「これ、よければ召し上がってくんさい」
裕司は面食らった。
勢いで袋を受け取ってしまった。
「なんで、僕に?」
と言いたいところが
「なんですか、これ?」
と口が勝手に動いた。
「ナシやブドウや、リンゴです。クリも少し。全部このへんで採れものですから」
袋の中に、新鮮で瑞々しい果物が入っていた。
「あの、僕、お金持ってないんですけど.・・・」
「お金なんて・・・」
老母は手を顔の前で横に振った。
「どうぞ、どうぞ」
「いいんですか?」
「召し上がっていただけたら、あたしも長生きできますけ」
煤けた白い犬を連れた見すぼらしい高校生を見て、この老母はきっと気の毒に思ったのだろう。
空腹だと顔に書いてあるのかもしれない。
素直に施しを受けようと、裕司は思った。
「じゃあ遠慮なく。おばあさんもお達者で。長生きしてくださいね」
老母は裕司に向かって拝むように手を合わせた。
2軒目は乾物屋だった。
厚手の前掛けをした年配の男性が店先に立っていた。
中身の詰まった紙袋を両の手の上に大事そうに載せていた。
「今朝届いたばっかりの上等の煮干しです。そのまま食べても美味しいですし、そちらのワンちゃんにも」
今度は
「なんでですか?」
と理由を尋ねたが、乾物屋の店主は手を横に振るばかりで、答える素振りを見せなかった。
レジ袋と紙袋を提げてさらに商店街を歩いていると、洋品店の前に人待ち顔で立つ中年女性がいた。
裕司が通りがかるのを待っているようだった。
女性は微笑みながら、裕司に声をかけた。
「あの、よかったら着てください」
女性はショッピングバッグを裕司に差しだした。
「コーチジャケットです。軽くて雨風もしのげます。ぜひ」
ショーウィンドウには高級品のドレスやスカートが展示されている。
男性用の衣服もきっと高価なものに違いない。
「そんな高いもの、いただけません」
「違うんです。これは売り物じゃありませんの。息子のおフル・・・」
彼女はショッピングバッグからコーチジャケットを取りだした。
たしかに着古した感はあったが、一流メーカーにロゴはしっかり刻まれていた。
さらに女性、バッグの中から折り畳まれたシンプルなリュックサックを取りだした。
「よければ、これに入れて。ほら手がいっぱいでしょ」
女性はジャケットを腕にかけ、リュックサックのファスナーを開いた。
裕司からレジ袋と紙袋を取りあげ、リュックに詰めた。
「よそ者ですよ。なんで僕なんかに・・・」
これほどまでに他人から施しを受ける理由が、裕司にはまったく思いつかない。
女性は食料でいっぱいになったリュックを裕司に渡すと、しゃがんでジローの頭を撫でた。
「かわいいワンちゃん・・・」
さびれた商店街を抜けると、一面刈り入れ間近の稲田が広がる田園地帯。
裕司はリュックを背負って周辺を散策したあと、JRの駅に戻ることにした。
駅舎の窓口で、駅員が手持ち無沙汰そうに肘をついているのが見えた。
無駄と知りつつも、横浜まで帰るのにどれくらいかかるかを尋ねた。
念のため、ジローも乗車できるか尋ねたところ、ケージやボックスに入ってない動物は聴導犬や盲導犬以外乗車できないと、駅員に言われ裕司は凹んだ。
ジローには恩がある。
離れ難い旅の相棒。
ジローを置いて、どこへも行く気に裕司はなれなかった。
バス停のベンチで裕司はリンゴを齧った。
傍でジローが上等な煮干しにありついていた。
「親切な人ばかりだったなぁ、あの商店街。なあ、ジロー」
ジローは「ワン」と吠えた。
「そういえば、軽トラックに乗せてくれたおばさんも親切だったし」
裕司はリンゴとブドウをたいらげた。
「でも人の親切心に甘えてばかりいちゃいけない。歩いて帰るぞ、東京まで」
ジローはふたたび「ワン」と吠え、尻尾を震わせた。
裕司はリュックを背負ってベンチから立ちあがった。
そのとき、裕司の顔が苦痛に歪んだ。
「いてぇ!」
と右足を浮かせた。
「ちくしょう! こんなときにまた痛みが・・・」
ジローが心配そうに裕司の足にまとわりつく。
裕司は苦痛に耐え、笑顔を作った。
「大丈夫。一農男子陸上部はこんなことではへこたれません!」
裕司は線路沿いを駅から離れるように歩き始めた。
裕司の遥か前方に見えるのは、幾重にも連なる山脈だった。