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わたなべめぐみ
わたなべめぐみ
novelistID. 54639
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赤白ボーダーの変人さん

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 後日、楽器を引き取りに行くと、リペアラー見習いの大学生が声をかけてきた。

「充季ちゃん、あの人と知り合いだったんだね。びっくりしたよ」

 丁寧に磨き上げられたバリトンサックスをうっとりと眺めていると、不意にそう言った。何のことかと思って首を傾げると、彼は続ける。

「もしかして知らないの? あの人、充季ちゃんが好きな『ビター・スウィート・ソニック』の主催だよ」
「……ええええーーー!!」

 楽器店のカウンターで思わず叫んでしまい、一斉に視線を浴びた。顔を真っ赤にしながら口を塞ぐ。

 あの半裸ボーダーのおじさんがラテンビッグバンド『ビター・スウィート・ソニック』の主催、しかも尊敬してやまないバリトンサックスのプレイヤーだなんて信じられない。

 彼は「ほら」と言って接客用タブレットの画面を見せてきた。『ビター・スウィート・ソニック』のホームページが表示され、充季は食い入るように画面を見つめる。

 ライブ動画にあのおじさんが映っていた。短い髪をきれいにまとめて、黒いスーツを着ている。難しい顔をしてバリトンサックスの高速フレーズを吹く彼と、太鼓腹をつまんでいた小太りのおじさんが同一人物とは思えなかった。

 接客用タブレットをふんだくってページを繰ると、プライベート写真のコーナーを見つけた。動物柄のTシャツを着て八重歯を見せて笑っているのは確かにあのおじさんだった。

 あの日を思い出す。人の流れに負けてケースを手放してしまったとき、楽器を守ってくれたのは彼だった。もしかすると中を確認する前からバリトンサックスだとわかっていたのかもしれない。

 充季は胸の底がくすぐったくなるのを感じながら、彼にタブレットを返した。ゆっくりと丁寧にケースのふたをしめ、二か所ある金属の留め具を閉める。

「ありがとうございました」

 大学生の彼に、リペアしてくれた職人さんに、そして半裸のおじさんに向けて言った。壁一面に飾られた美しいサックスの数々、彼もここにきて談笑したりするのだろうかと思いながら、まるで夢の中にいるような眩い光景を眺めた。


               ***


 帰り際に『ビター・スウィート・ソニック』のライブポスターを見つけた。「主催:田丸竜之介」の文字を記憶に焼き付ける。このライブに行って彼の本当の姿をこの目で見よう、そして見てからどうしよう、あのときの者ですと名乗り出るのか――

 それはやめておこうと思った。あの人と肩を並べられるようなバリトンサックス奏者になったら、声をかけてみよう。そのために今は練習をがんばろう。

 その時はちゃんとした服着ててよね、おじさん、とポスターに小さく映る凛々しい彼の立ち姿を見つめた。

                            (おわり)