ジャスティスへのレクイエム(第4部)
と、ジャクソンは自分に言い聞かせた。
ジャクソンと執事の計画は順調に推移してきた。段階は十段階ほどあり、半分くらいまではさほど時間が掛かることもなくこなしてきた。
そんな時、チャーリア国にアクアフリーズ国が先制攻撃を加えたという情報が入ってきた。
ジョイコット国も他人事ではなかった。一応中立の立場を国際社会には示したが、いざとなったらチャーリア国に援助も厭わない気持ちでいた。
援助していることが世間に発覚した場合は、ジョイコット国はアクアフリーズ国に宣戦を布告するというところまで閣議で決まっていた。
執事とジャクソンは、そんなことをさせてはいけないという特命を帯びていた。せっかくのジョイコット国とアクアフリーズ国との国交が崩れてしまうと、せっかくの計画が最初まで戻ってしまうからだ。
マリアはすでに亡命し、ジョイコット国に入っていたが、マーガレットは行方不明になっていた。
表向きには、執事もジャクソンも、
「マーガレットのことは知らない」
ということになっていた。
しかし、実際にはジャクソンがマーガレットを匿っていたのである。マーガレットはマリアがチャールズに嫁ぐ前からジャクソンと面識があった。二人は知らない者同士ということだったのだが、二人は密かに会っていた。
元々マーガレットは執事のことが好きだったのだが、執事はマーガレットに興味を持っていなかった。執事の悪いくせなのだが、男性の親友に対してはあれほど熱い態度を取るのに女性に対してはけんもほろろの状態だった。それがマーガレットを深く傷つけたのだ。
マーガレットというのは、執事とは逆で、同性に対しては冷静沈着で、
「これ以上頼りになる人はいない」
と思わせてきたが、男性に対しては、自分を委ねる気持ちが強かった。
それも相手による。マーガレットがしっかりしているだけに、軟弱な男性に対しては冷静に対処してきたが、相手が自分よりもしっかりしていると思うと、その尽くし方はハンパではなかった。
そんなマーガレットに対して執事の取った態度は、マーガレットからすれば、
「ありえない」
と思える言動だった。
思い詰めたマーガレットは、自殺まで考えたほどだったが、そのことをいち早く看破したのがジャクソンだった。
執事に対しては並々ならぬ尊敬の念を抱いているが、そんな彼にも欠点があったということをマーガレットを見ていて初めて気づいた。そして、執事に対しての怒りを抑えるために感じた思いは、
「マーガレットへの想い」
へと変貌していった。
いや、これが本当の健康な男子の感情なのかも知れない。執事とジャクソンが普通の思春期の男性とはかけ離れた任務を持っているということは分かるが、感情まで違っているというのは、やはり二人ともに持って生まれた性格が起因しているからに違いない。
「なあ、俺と一緒に暮らさないか?」
失意のマーガレットにそういうと、ジャクソンは彼女と一緒に暮らし始めた。
マーガレットと暮らし始めたということを極秘にしたいと言い出したのはマーガレットの方だった。ジャクソンは否定するはずもなく、まもなく二人は極秘に蜜月に入って行った。
マーガレットはその表向きな性格からは想像できないほどに男性に尽くした。元々が気の付く女性なので、かゆいところに手が届き、ちゃんと男性を立ててくれる。もし、付き合っている男性がジャクソンでなければ、マーガレットの優しさに甘えてしまって、いわゆる、
「ダメ男」
になってしまうかも知れない。
ただ、ジャクソンにも気が引ける部分はあった。相手がシュルツ長官の娘だということだった。尊敬するシュルツ長官の娘と極秘とはいえ、一緒に暮らしているのは、シュルツ長官に対しての重大な裏切りに感じられたからだ。
ジャクソンはこれまでに恋愛をした経験がない。自分の職務を分かっていたからだ。しかし、今はマリアの嫁ぎ先であるアクアフリーズ国にクーデターが起こり、自分やマリア、そして執事やマーガレットの運命は、まったく変わってしまったのだ。母国からの特命もすでになく、アクアフリーズ国とは国交も断絶してしまったことで、自分たちは追われる立場になっていたのだ。
幸いジョイコット国という受け入れ国があり、シュルツとチャールズの力によって新たなチャーリア国が建国された。まだ落ち着いていないので受け入れは難しいのだろうが、そのうちにマリアはチャーリア国に招かれることであろう。
そう思うと、自分とマーガレットははじき出されることになる。自分はともかく女性のマーガレットには辛い思いをさせたくない。
「これが私の運命なんだから、甘んじて受け入れる」
とマーガレットは言いそうなので、想像してしまうといじらしくて溜まらなくなった。
執事は特命がなくなったにも関わらず、ジョイコット国でいろいろと策を弄している。きっとこれからの自分の立場を確立するためなのだろうが、ジャクソンにしてみれば、もうどうでもいいことに思えた。
「これからも私を助けてはくれないか?」
と執事に言われたが、
「無理」
と一言で執事を一刀両断にしてしまった。
ジャクソンの思いは、
「マーガレットの気持ちにもなってみろ。お前を慕ってきた女性を、お前は切り捨てたんだぞ」
と言いたいくらいであったが、グッと堪えて言葉を飲み込んだ。
不謹慎であるが、
「お前がフッてくれたおかげで、俺に運が回ってきたんだ」
という思いもあった。
執事に対してそんな複雑な思いを抱いたまま、今までと同じように協力などできるはずもない。
「無理」
という二言を絞り出すだけでやっとだったのだ。
アクアフリーズ国で九データーが起こった時、実はクーデターの企ては、ある程度まで宮中では分かっていたようだ。混乱の中とはいえ、うまく四人がジョイコット国に亡命できたのも、その情報が役に立った。もし、完全に奇襲としてのクーデターが成功していたら、シュルツ、チャールズ、マリアはもちろんのこと、マーガレットも執事も、そしてジャクソンも囚われていたに違いない。
それでもクーデターが企てられているという情報はあっても、いつ、どのようにという具体的なことは完全には分かっていなかった。逃走経路だけは確保していたので、たとえ離れ離れになったとしても、最終的には空港に入れればよかった。
しかもその空港というのも、以前まで使っていて、今は使用禁止になった旧国際空港跡地だった。今はそこを軍部の練習場に使われていて、クーデター側からすれば、盲点だった。
実際のクーデター発生時、想像以上の混乱に、やはり皆はぐれてしまった。他の人がどうなったのか分からなかったが、マーガレットのそばにはジャクソンがいた。
マーガレットはそれを偶然だと思っていたようだが、実際にはマーガレットを守りたいという彼の気持ちだった。
――将来、国家から罰せられても仕方ない――
という思いも強かった。
それ以前に、ここで命を落とすかも知れない可能性が高かったからだ。後悔するくらいなら、自分の気持ちに忠実になりたいと思ったのだ。
普段のジャクソンならそんなことは感じなかったに違いない。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第4部) 作家名:森本晃次