小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集59(過去作品)

INDEX|20ページ/21ページ|

次のページ前のページ
 

 遭えるとは思っていたが、公園のベンチに座っているとは思わなかった。しかもいくつかあるベンチの中で、いつも真理子が座っているベンチに腰を掛けている。偶然で片付けられないものを感じた。
「私、いつもそこに座るんですよ」
「そうなんだ。僕もここからの光景が好きなんだ。たまに朝散歩する時は、僕もここに座るんだ」
「遭う機会がなかっただけなんですね」
 それに彼は答えようとはせず、
「ここから見える光景には造詣が深いものがあるんだ。他のベンチにも座ってみたんだけど、ここから見ていると、一番公園が広く感じられるんだ」
 今まで真理子は他のベンチに腰掛けたことはない。
――しっくり来る場所がここだ――
 と感じると、他の場所に腰掛ける気にはならなかった。
 確かに脇坂のいうとおり、立って見ている光景のわりに、座って見る光景の方が広く感じていた。だが、別に不思議に感じたことはない。広く感じられる公園を見ながら、遠くに見える山や空を見ていたからだ。
 公園は、小高い丘になっているので、視線を遮るものは何もなく、遠くの山や空を見ることができる。この場所に腰掛けて初めて感じたことなので、ここに腰掛ける気になった理由とは違っている。最初に腰掛けた時の心境を思い出すことは困難だが、ほとんど何も考えていなかったように思う。
 少し低い視線で、同じように見ているのがポン太だった。
「ポン太、あなたにも見えるでしょう?」
 と話しかけると、こちらを振り向くことなく、さらにじっと見つめている。
 脇坂に出会った偶然は、これからもしばらく続きそうな気がした。彼もきっと同じ気持ちだと思えてならない。ポン太は脇坂がいようがいまいが、いつものように、山と空を見つめている。
 背中がかなり揺れている。少しきつそうなのも分かった。とりあえず、休ませるのがいいだろう。脇坂と話をしている間に落ち着いてくれるのを願っている。
 真理子は昨日と違って言葉が出てこない。
 脇坂も、同様にほとんど話題がないようで、ひとつの話題を出しても、二言三言交わしただけで、会話が終わってしまう。
――何となくぎこちなくなっている――
 遠くに見えるはずの山と空。会話が弾まずにぎこちなさを感じていると、そのどちらもが次第に近くに感じられてくる。
 目の焦点が合っていない。視線の平衡感覚が次第に失われていって、遠近感が取れなくなってきているようだ。
 首筋が痺れてきて、唇が乾いてくる。頭の重みを感じてきて、首が痛くなってくるのを感じた。
 すると、視線が少し低い位置になってきているようだった。顎の下に地面があるような位置、
――これって、ポン太の視線――
 ぎこちない雰囲気の中で逃げ出したいと思う気持ちが本能的に働いて、意識がポン太に乗り移ったとでもいうのだろうか。
 身体が重たく感じる。このまま意識が遠のいていくのを感じていたが、気がついたら、彼についていっていた。
「僕の家がこの近くなんだ。今日は両親は旅行でいないので、ゆっくりできるよ」
 その言葉に大人の男性を感じ、怖さもあった。だが、今の意識はポン太の中にある。見上げた自分は、まったく抵抗することもなく従順に、彼についていっている。
――いけないわ――
 心の底でそう感じながら見上げた真理子自身の表情は、まったくの無表情である。
――これが人間の顔なのかしら――
 感情がまったく感じられない。脇坂にも分かっているのだろうか。そういえば、脇坂も表情がぎこちない。何かを考えていて、それに集中しているので、まわりが見えていないのかも知れない。
 男性が女性を部屋に誘う時、まだ高校生の脇坂も、それほど慣れているわけではない。最初から真理子を誘う気もなかったように思う。部屋に行っても、ただ話をするだけで終わるということも十分にありえる。だが、違っていた。きっと彼を煽ったのは、真理子の態度だったのかも知れない。これほど無表情な自分に、氷のような冷たさを感じていたのだから……。
 抱きしめられて、一瞬我に返った真理子だったが、男の腕にしがみついている自分を感じると、抵抗する気もなくなっていた。最初に男性に抱かれた時も同じ思いだったので、別に特別な感情も湧いて来ない。
 しいて言えば、
――相手に嫌な思いをさせないようにしないといけない――
 という相手への思いであった。だが、それは彼女の優しさからではない。本能のような無意識に近いものだった。
 次第に彼は男としての本性を現し、少しずつ乱暴になってくる。乱暴にされてもまったく逆らう気にならず、ただ相手が望むままだった。
 従順な自分に恍惚の思いがあった。相手を思っている自分を感じることが真理子の悦びであった。
 だが、真理子が本当の悦びを感じる前に相手の悦びが終わってしまう。真理子には少し物足りなさが残った。
――ああ、この人ともこれで終わりなんだ――
 その思いが強かった。
 ことが終わって服を着る時、さっきまでの優しかった彼ではない。一言も何も言わない彼が本当に満足してくれたとは思えないのが悲しかった。結局、その日はその後一言も話すことなく、彼の部屋を後にした。
 真理子に後悔はなかった。帰りに見た朝日が、まるで夕日のように見える。気持ちだけは夕方だった。家に帰り着いてからその日はずっと放心状態で、本当に自分の時間だったのか怪しいものだ。
 その夜、ポン太は死んだ。苦しむこともなく、ただ、夜中に時々悲しそうな声を上げていた。
「ポン太、大丈夫?」
「く〜ん」
 という声を発して潤んだ目を向けていた。まさか、朝起きて冷たくなっているなど想像もつかなかったので、それが最後の別れになるなど思いもしなかった。
 真理子のまわりで、今までに誰かが死んだことはなかった。死に直面したのはポン太が最初である。
 不思議と悲しみはなかった。心の底にポッカリと大きな穴が空いてしまった気持ちが否めないが、
――これで散歩にもいけないんだわ――
 と、昨日の散歩を思い出していた。もちろん、脇坂とのことも……。
――彼とはこれで最後だと感じたことが、ポン太を死に至らしめたのかも知れない――
 という思いが頭を巡る。だが、彼とポン太を結びつけるキーはどこにもなかった。
 昨日の真理子の行動は、どこか客観的に見ていたふしがあった。ひょっとして、ポン太の視線から見ていたのかも知れない。そういえば、公園で自分の視線がポン太の目線になってしまったことを気にしていたではないか。
 いろいろな思いが頭を巡る。
「やあ、昨日はどうも、また、明日うちに来るかい?」
 学校に行くと、脇坂が声を掛けてきた。セリフや声は脇坂そのものだったが、表情には男というより、オトコとしての性が表れていた。
――この人に逆らってはいけない――
 頭を深々と下げて、逆らえない自分をアピールしてしまった。
 今度こそ従順な気持ちが芽生えてきた。
 そう、まるで犬のような従順さ、ポン太が真理子に感じていたものが、そのまま真理子に乗り移ったのかも知れない。
作品名:短編集59(過去作品) 作家名:森本晃次