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短編集59(過去作品)

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秘めるウラシマ



                 秘めるウラシマ


 飽食社会と言われる世の中になってから久しい。
 そんな時代が懐かしいと思えるのは、一人や二人ではないだろう。確かに今でももの世間に溢れている。だが、溢れているものをどのように使っていくか、それは目的を持って使うことの大切さを知ることにもなる。
「何でもかんでも作れば売れるんだ」
 などという時代は遥か昔、
「もったいない」
 という感覚も人によって違うことだろう。
 押し付けられたり、我慢を強いられることへの反発が今の時代を作り出していると言っても過言ではないかも知れない。理屈に叶っていないことをすることがナンセンスであるということを声を大きくして言いたいが、言えない時代があったことから、思い出すのは暗い時代だったと思えることだ。
 今の若い連中に分かるはずなどない。戦後の日本を知らず、その名残りを押し付けられ、さらには時代は成長期、精神論と、時代の流れとのギャップの狭間で、自分の中で信じるものが分からなくなっていたことだろう。

 荒川和人は四十歳を超えていた。
 いつまでも若いつもりでいたのだが、年齢が四十歳に近づいた頃から、徐々に若さを感じてはいけないような気持ちになっていた。
 仕事をしていても、プライベートにおいても、記憶力が歴然として落ちてきている。以前であれば一週間前くらいまでのことなら、たいていは覚えていたはずなのに、最近では、昨日のことすらしっかりと記憶できない。下手をすれば、朝のことを夕方には忘れていたりする。
 記憶力は悪い方ではないと感じていた和人だったが、人の顔を覚えるのだけは苦手だった。ずっと事務所で管理業務を行っていて、営業職でないことが今から思えば適職のように思える、営業が人の顔を覚えられないのでは、話にならないからだ。
 人の顔を覚えられない理由も最近になってから分かるようになってきた。
 人の顔にはそれぞれ特徴があり、表情一つ一つにインパクトがある。一人の人のインパクトがすぐに頭の中に残ってしまって、せっかく前に見た人のインパクトを覚えていたはずなのに、違う人のインパクトで打ち消されてしまうのだ。
――よく、皆すぐに人の顔を覚えられるな――
 不思議で仕方がない。
「どうして覚えられるんだ?」
 と一度人に聞いてみたことがあったが、
「どうしてなのかな? 覚えられない人の方が不思議なくらいだ」
 完全に感覚にずれがある。話をしても平行線をたどるのは必至で、話が堂々巡りになるであろう。それでも聞いてみたが、結論として、
「あまり余計なことを考えない方がいいんじゃないか」
 ということであった。和人本人は余計なことを考えているわけではない。
――覚えなければならない――
 という思いが強すぎるとも思えないし、覚えることをやめてしまったわけでもない。きっと
――覚えられないものは覚えられないんだ――
 という自己暗示に掛かっているからに違いない。それ以外に人の顔を覚えられないことの理由付けはできそうにもなかった。
 別に理由付けをする必要もないが、そのうちに人の顔を記憶できないことが自分の欠点だということを気にしなくなっていた。すると、少しずつではあるが、人の顔を覚えられるようになってきていることに気づいていた。
 最初は、数回会って、しかも一回が二、三十分一緒にいて相手の顔を凝視していないと記憶できないと思っていたが、回数が減っていき、時間も少しずつ少なくても覚えられるようになると、今度は、
――覚えなければいけない――
 という意識が薄れてきていた。
――最初から意識なんてしなければよかったんだ――
 得てして、世の中はそんなものなのかも知れないと思うと、苦笑いを浮かべてしまう。あくまでも無意識で、無意識だからこそ、気付いた時には自然と笑みが零れてくる。その時に感じたのは、
――精神的に落ち着いてきたのかも知れないな――
 ということだった。
 年齢的にもそろそろ四十歳が近づいていたので、中年という意識はない中で、人の顔を覚えられるようになったことから、人生が円熟してきたのではないかと思えるようになってきた。
 その頃からであろうか。小さい頃に見た父親のイメージを意識するようになっていた。
 小さい頃に見た父親は、その時の和人よりも、年齢的にはだいぶ上だったに違いない。
 和人が小学生の頃の父親というと、確か会社で課長と呼ばれていたはずだ。和人よりも三十歳以上も年上だったはず。結婚もそれほど早いわけではなかった。その分、母親が若く、父親よりも七歳くらい若かったはずである。
 一つは自分がその頃の父親に似てきたと自覚しているからかも知れない。
 似てきたのは顔だけではなく性格もであった。それが一時期たまらなく嫌で、自己嫌悪に陥ったこともあったくらいだ。
 細かいことにやたらとうるさい父親だったというイメージが強い。特に人の家庭に対してのことにはうるさかった。
 中学生の頃だっただろうか。数人のグループが友達になるのが普通だったが、和人も類に漏れず、四、五人のグループに属していた。真面目な連中の集まったグループで、彼らとは、高校卒業までずっと付き合いがあった仲間だった。
 中学の頃くらいに友達になった連中と結構長く親交があるのは、和人だけではないだろう。中学の頃に形成された性格はほとんど学生時代に変わることはなく、友達が変わっても、同じような連中が仲間になることが多い。結構、和人の周りには真面目な連中ばかりが集まっていた。
 そうは言っても、和人が仲間の中心になることはなかった。そういう器でないことは自覚していたが、ただ、目立ちたいという気持ちだけはいつも持っていた。
 友達の間で時々奇抜な発言をしては、冷めた目で見られることもあったが、そのくせだけはなかなか抜けなかった。それでも付き合いが長く続いたのは、やはり性格が合う連中ばかりが集まっていて、お互いに気持ちが分かり合えているからではだったに違いないだろう。
 いつも中心にいる友達は、本人だけでなく、家庭も解放的だった。特に正月など、よく友達を招待してくれて、家族で迎えてくれる。
「泊まっていってくださいね」
 と友達のおばさんが言ってくれるように、それが毎年正月の行事になっていた。
「いいのかい?」
 と友達に訊ねても、
「ああ、気にしなくてもいいさ。うちの正月はここから始まるんだからね」
 と言ってくれた。
 後で分かったことだが、友達の父親は出張がちで、なかなか家にいることがないことから、家に帰った時は、家族の開放的な姿を見てみたいと思うようになっているようだ。友達は皆、自分の家に電話を入れていた。それもおじさんの進言である。
「皆、自分の親に連絡だけはしておくんだよ」
 常識をしっかりと分かっている家庭であると数とは思った。
「うん、今日は泊まってくるね」
 と皆電話を入れている。ハッキリとは内容までは分からないが、たいていは会話の想像もつくというものだ。
「じゃあ、迷惑を掛けないようにするんだぞ。ちゃんとお礼を言うようにね」
作品名:短編集59(過去作品) 作家名:森本晃次