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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Jane Doe

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 耕助は力なく笑うと、出口を顎で指した。非常出口と書かれた緑色の光が、ドアを照らしている。里川は拳銃をトレーナーで隠すと再び振り返り、それが悪い冗談であるかのように耕助の顔を指差して、笑いながら言った。
「しかしさ。こんな田舎の食堂で、犯罪者が取引してるなんて。普通は思わないよな」
「それが狙いだよ」
 耕助は後ろ手に持った中華包丁を振りかぶると、自分を指す里川の左手首を真っ二つに斬り落とした。二発目が顔を斜めに断ち切るように突き刺さり、ドアにぶつかって倒れた里川の頬に三発目が突き刺さった。四発目が大きく開かれた口を真っ二つに裂き、舌が千切れて血が噴き出した。五発目が左側の目と耳を叩き潰して、中華包丁はオブジェのように、頭に突き刺さったままになった。
「ごちゃごちゃうるせえぞ」
 耕助は吐き捨てるように言うと、その頭を蹴飛ばした。そして、十五年前、自分と香苗の頭に銃を突き付けていた男の顔を、思い出した。その隣には今の雇い主がいて、果たして男が引き金を引くのかどうか、興味深そうに様子を伺っていた。男は、結果的には引き金を引かず、命は延長された。しかし、耕助が株の投資で作り上げた途方もない借金は、もちろん消えなかった。
『あんたらは料理人なんだろう。なら、店を任せる。中継地点だ。あんたらは普通に店を切り盛りしつつ、取引を見張れ。こつこつ普通に経営してりゃいい。ただし、見張られていることを忘れるなよ』
 その会話は、今でも有効だ。借金は、残りの人生と引き換えに清算された。もし取引が一度でも上手く進まなければ、この店を続けることはできなくなる。それどころか、こんな状態に陥ってるところを雇い主に見られたら。それこそ、命の保証もない。その厳密な主義に背くようなことがあれば、確実に殺される。あの場には自分達以外に、借金の原因となった、でたらめな投資話を持ち掛けてきた新田もいて、同じように命乞いをしていた。雇い主の公平な性格を知ったのは、その時だった。男から拳銃を受け取った雇い主は、一言も発することなく、新田の頭を吹き飛ばした。
 耕助は厨房で返り血を拭うと、里川の拳銃を抜き取ってポケットに入れ、カウンターに戻った。村瀬には聞こえないよう、ピッチャーの水を足している香苗に小声で言った。
「でかいのは片付いた」
 香苗は思わず手を滑らせて、ピッチャーから外れた氷が音を立てて転がった。村瀬だけが一瞬視線を向けたが、すぐに目下の問題人物である鈴野の方へ向き直った。耕助は続けた。
「奴の銃は、俺が持ってる」
「ちょっと……、まさか。でも、理奈は?」
 香苗の言葉に、耕助はうなずいた。何も言葉に出さなかったが、その意味は伝わったようだった。香苗はピッチャーをカウンターに出して手を拭いたが、タオルから逃げるように両手は震えていた。ダメ押しをするつもりで、耕助は言った。
「理奈は、まだ警察署にいるはずだ。今のうちにカタをつけよう。あれだけの現金があれば、やり直せる」
 逃げ場を封じるようにまくしたてた耕助の横顔を見ながら、香苗は小さくうなずいた。
「どうやるの?」
「あの家族が出て行くまでは、伊波は動かないだろう。あれだけぺらぺら喋ったんだから、殺す気だ」
 耕助は一旦、言葉を切った。香苗の目が自分の方を向いたことを確認してから、続けた。
「家族が出たら、鈴野と伊波を殺す」
「……あの人は?」
 香苗は、村瀬の方を視線だけで指した。耕助は、今まで存在自体を忘れていたように、小さく笑った。
「まあ、殺すしかないだろ」
   
 村瀬は、鈴野に向かって、わざと通る声で言った。
「今から隣に男が座る。何もしない。ただ、座るだけだ」
 今の声は届いただろう。これで里川が、当初の計画通り伊波の前で引き金を引けば、お笑い種だが。村瀬はカウンターを蹴った。家族連れがちらりと見ただけで、里川は姿を現さなかった。耕助は村瀬の目の前まで来ると、言った。
「さっき逃げたよ。残念だったな」
 里川のことだから、逃げると言いつつ、外で待っているだろう。車の鍵は自分が持っているのだから、どこにも行けないはずだ。
「逃げたとしても、どこかで待ち伏せしてるよ。気をつけるんだな」
 村瀬が言うと、耕助と香苗は顔を見合わせて笑った。冗談でも言ったと思ったのか、家族連れが話に乗るように、村瀬の方をちらりと見た。耕助は言った。
「外であいつと合流して、仕切り直すのはどうだ? あいつらが出てくるのを待って、バンってやりゃあ、済む話だろ?」
 村瀬はその顔を見つめたが、耕助の表情からは、何も読み取れなかった。本当にそうすればいいと思っているのか、そう言えば自分がここに留まると思っているのか。家族連れが食事を終えたらしく、夫らしき男が席を立った。
「ごちそうさまです」
 洋平は店主に声をかけながら思った。SNSではアットホームなお店だと書かれていたが、料理の味は確かだったものの、終始ピリピリと張りつめた雰囲気だった。ネットに上げる感想を考えるのは和佳子の仕事だから、やや批判的な意見はそちらに任せるとして、星は三つが妥当だろうか。さっきカウンターを蹴った男は、何か気に入らないことが起きているのか、頭を抱えていた。そんな男の相手をしていた店主はカウンターを離れて、目の前でレジを叩いている。
「おいしかったです」
 洋平が千円札を数えながら言うと、店主はすべての悩みから解放されたような、にこやかな笑顔を向けた。さっきのしかめ面が嘘のようで、洋平は思わず笑顔を返した。星は四でもいいか。そう思ったとき、店主の頭越しに、宙に包丁が現れたような気がして、洋平は目を細めた。普通包丁というのは、棚に入っているか、まな板の上に置かれているかのどちらかだ。誰も持っていない包丁が突然空中に現れるなんてことは、あり得ない。耕助は、洋平の目が自分を通り越した先に向いていることに気づいて、振り返った。
 頭に包丁の突き立った里川の顔が目の前にあり、左側の継ぎ目が破壊された口がだらりと開いた。その中で真っ二つに千切れた舌が動き、絞り出すような言葉が漏れた。
「はえへ!」
 耕助が飛びのき、洋平は尻餅をついた。耕助の頭の中で、里川の言葉が『返せ』と変換され、それがポケットの中の拳銃を指していることに気づいたとき、和佳子が悲鳴を上げ、亮也が目を見開いた。鈴野は椅子に座ったまま振り返り、そのあまりに現実離れした光景に、顔をしかめた。そしてそのまま、村瀬の足に向けた拳銃の引き金を引いた。圧力鍋が吹き飛んだような音が鳴り、村瀬のふくらはぎを四五口径が貫いた。鈴野は腰を上げると、里川の前に立ちはだかった。半壊した顔を覗き込み、苦笑いした。
「素人仕事だな」
 平たい拳銃を構えて少し後ずさると、鈴野は銃口を里川の頭に向けて、引き金を引いた。里川の体はその場で糸が切られたように崩れ、頭に突き立ったままの包丁が床にぶつかって、甲高い音を鳴らした。鈴野が立ち上がったとき、耕助が拳銃を向けた。その銃口を瞬きもせずに覗き込みながら、鈴野は笑った。
「あんた、その銃は何だ?」
「本物だよ。そいつを地面に置け」
 鈴野は四五口径を床に置き、後ずさりしながら呟いた。
作品名:Jane Doe 作家名:オオサカタロウ