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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Jane Doe

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 店主は、口を開けばそのしかめ面が嘘のように快活で、商売人然としていた。スーツの男は、コーヒー以外、何も注文していないようだった。村瀬はラーメンの残りを平らげながら、二人の会話に耳を澄ませた。スーツの男は諦めたように言った。
「物騒だねえ。夜に出歩くのが怖くなっちゃうな」
 村瀬はその会話を聞きながら、里川に視線を向けた。
「早く食えよ」
 里川はスープを飲み干すと、ベルトに挟んだ拳銃が窮屈なように、少し体を傾けた。またサイレンが聞こえてきて、もう一台パトカーが走り抜けていった。村瀬はスマートフォンを取り出して、時計を見た。まだ、二時間しか経っていない。しかし、あんな人里離れた場所であっても、誰かが訪ねてくるということは十分にあり得る。村瀬はぶり返してきた左手の痛みに耐えながら、思った。こんな場所で油を売っている場合ではなかったのだ。
「出るぞ」
 村瀬は、里川の返事を待たずに立ち上がって、ポケットにスマートフォンを戻した。里川が渋々立ち上がり、伝票をつまみ上げた。村瀬は、ジーンズのポケットが濡れているような気がして、手を持ち上げた。包帯の隙間から、真っ赤な血が流れ出していた。店の中にいる全員と目が合ったとき、里川が拳銃を抜いて叫んだ。
「お前ら全員、そこから動くな!」
 スーツの男が新聞を脇に置いて、両手を上げた。村瀬は諦めたように、店主と妻に言った。
「厨房から出てこい!」
 二人が出てくるのと同時に、里川が言った。
「テーブルの上に携帯と財布を置け。早く!」
 スーツの男が動かないことに気づいた里川は、拳銃を向けた。
「あんたもだよ。何のためかは分かるだろ」
 スーツの男は諦めたように目をぐるりと回すと、財布から千円札を一枚抜き出してテーブルの上に置き、テーブルの前まで歩いてくると、携帯電話二台と財布を置いた。村瀬は中身を確認した。スーツの男は『伊波正司』と言うらしく、免許証の写真も本人と同じぐらいに顔色が悪かった。店主と妻は、屋代耕助と、香苗。三人の名前を把握した村瀬は、伊波に言った。
「二台持ちかよ」
「ボロい方がもうすぐ鳴ると思うんだが、そのときは返してくれるかな?」
「バカかよ」
 村瀬が小突くように伊波の肩を殴り、顎をしゃくった。
「あの席じゃなくて、そこに座るんだ」
 一人掛け用のカウンター席に腰掛けた伊波は、小さくため息をついた。
「財布に、十万円入ってる」
「ぺらぺらうるせえぞ」
 里川が拳銃を向けると、伊波は言いつけを思い出したように両手を上げた。香苗を庇うように少し前に立つ耕助が、言った。
「君らは、さっきのパトカーと何か関係があるのか?」
「それは分からない」
 村瀬は正直に答えた。伊波はテレビを見上げた。
「いつやった? その怪我からすると、それほど経ってないだろう」
「何をだよ? 分からないつったろ?」
 村瀬は言った。わざとやっているのか、伊波は、癪に障る言葉を敢えて選んでいるような節があった。里川が堪えかねたように、伊波に拳銃を向けた。
「お前は黙ってろよ」
 伊波は、銃には勝てないと言うように、力を抜いた。村瀬は、元々伊波が座っていたテーブルを顎で指した。
「あんた、なんで千円抜いたんだ?」
 伊波は肩をすくめた。
「あんたらが財布を取り上げるなら、どうやってメシ代を払えばいい?」
 里川は、手に負えない相手だとでも言うように、耕助と香苗に目を向けた。
「なあ、すぐに出ていくから。警察には言わないでもらいたいんだ」
「今、出ていくのか? これから大騒ぎになるんだぞ」
 村瀬が言った。里川は呆れたように顔をしかめた。
「逃げるしかねえだろ。ここにいたらどうなると思うんだ?」
「あの車から、すぐに割れるだろうが」
 村瀬が食い下がると、里川は耕助に言った。
「あんたの車は、あのアルトか?」
 耕助はうなずいた。香苗は、村瀬と里川の顔を代わる代わる見ながら言った。
「車は貸してあげるけど……、うちの車がカメラに映ったら、警察はあなたたちがここを通ったって、分かるんじゃないかしら」
 里川は、その優しい口調に戸惑いながら、消去法でレガシィのオーナーに違いない伊波に顔を向けた。質問をする気になれずにいると、村瀬が代わりに言った。
「あんたのレガシィは?」
「ナンバーなら貸してやるよ。付け替えたら時間を稼げる」
「余計な世話を焼くんじゃねえ」
 村瀬が吐き捨てるように言ったとき、伊波が置いた携帯電話の内、一台が鳴った。伊波が、何事も起きていないかのように電話を取ろうとしていることに気づいた村瀬は、レジに置かれたベルを掴み、その頭を殴った。
「お前、人の話を聞いてなかったのか?」
 伊波は少しよろけたが、すぐに体勢を立て直すと、言った。
「そいつは、取らないといけないんだ」
「何なんだよてめえは。とにかく出るな」
 村瀬は、伊波が座っていた席に視線を向けた。テーブルの下に、スーツケースが置かれている。視線を戻すと、伊波と目が合った。
「晩飯ついでに、待ち合わせをしてるんだ。その電話の相手は、あのケースの中身を買いに来る。意味は大体分かるだろ?」
 一言多いのは相変わらずだったが、村瀬と里川はその意味をすぐに理解した。今電話を鳴らしている相手は、支払用の金を持っているということだ。
「いくらだ?」
「五千万。まあおれは、ナンバーを付け替えて、今出ていくことをお勧めするけどね。カメラに映りたくないなら、ずっとバイザーを下ろしてりゃ分かりにくくなる」
 伊波はそう言って、笑顔を見せた。真正面から見ると、福笑いを最大限まで人間の顔に似せたように、その顔はいびつだった。村瀬がその言葉に呑まれかけていることに気づいた里川は、歯を食いしばると、拳銃を持ち上げた。
「お前、テキトーなこと言ってたらここで撃ち殺すぞ。すでに二人殺してるんだ。あと一人殺しても、どうってことない」
「今のところ、料理がまずくて暴れたぐらいの被害しか出てないのに。もったいないと思うけどね」
 里川は、拳銃をそれとなく伊波の方へ向けたまま、スーツケースを手に取ると、戻ってきて言った。
「中身は?」
 伊波はスーツケースのダイヤル錠を開錠し、無造作に開けた。綺麗に小口の袋で仕分けられた錠剤がぎっしりと詰まっており、伊波は笑った。
「おれは言わば、薬局だよ。処方箋をいちいちもらうのが面倒な人のために、がんばってんのさ」
 耕助が、会話に割り込む気まずさを殺すように、小声で遠慮がちに言った。
「あ、あの……。これ以上客が来るとまずいから、看板の電気を消すよ」
 伊波が首を横に振った。
「それをしちゃうと、おれの取引相手も来なくなる」
「あんたは、そいつをここに呼びたいのか?」
 村瀬が言うと、伊波は口角を上げて笑った。耕助の方を向くと、言った。
「おやっさん、おれ何回ぐらいここに来たかな?」
「数え切れないな」
 耕助が言うと、香苗も同意するようにうなずいた。
「いつも同じ奴が来るんだ。あんたらはあと一人ぐらいどうってことないんだろ? じゃあ、そいつを殺して、ここにいる五人で山分けしないか? ご夫婦には口止めになるし、おれだって黙ってるよ」
 耕助と香苗は慌てて首を横に振った。
作品名:Jane Doe 作家名:オオサカタロウ