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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Jane Doe

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 レガシィの隣へ隠れるように停まったカローラフィールダーを見て、耕助は香苗に目配せした。店に入ってきた二人は、片方がプロレスラーのようにどっしりとした大柄な体格で、もう片方は目つきが鋭い以外は、中背中肉でこれといった特徴のない出で立ちだったが、左手に包帯を巻いていた。
「いらっしゃいませ」
 香苗が言い、二人を席に案内した。村瀬と里川はお冷を一口飲んで、メニューを読んだ。ところどころ手書きで、字は若い人が書いたらしく、端が丸い愛嬌のある字だった。村瀬は、香苗の後ろ姿を目で追った。店主とその妻らしき二人は、おそらく六十歳ぐらいだろう。バイトらしき女の子は見当たらない。娘が書いたのだろうか。村瀬はそこまで考えて、一度強く瞬きした。強盗をした直後は、頭が切り替わらない。どんな場所にいても、『標的』として見てしまう。
「ごっそさんす」
 トラックの持ち主らしき、作業服姿の三人組が爪楊枝交じりの声で店主に声をかけ、会計を済ませると出ていった。村瀬は、声の方向へ目を向けた。それまで三人に塞がれて見えなかったが、さらに奥の席で、スーツ姿の男が新聞を読んでいるのが見えた。五十代ぐらいに見えるが、顔色は青白く、実際にはもっと若いのかもしれなかった。ビジネスホテルにレストランがなかったのか、出張の途中で時間の計算を間違えたのか、少し場違いな場所にたどり着いてしまったようだった。
「レガシィで来たんだな。贅沢なサラリーマンだ」
 里川が小声で言った。村瀬はメニューに視線を戻しながらうなずいた。同じことに同じタイミングで気づくのは、里川と組む数少ない利点の一つだった。ただ、それは学生時代からの腐れ縁が成せる業で、特に自慢できる技能というわけでもなかった。
「すみません」
 村瀬が言い、香苗が二人分の注文を聞き取ると、厨房へ入っていった。里川はその様子を見ながら思った。店主はやや小柄な方で、客商売にしては目つきが悪い。改めて店内をぐるりと見回して、『出前のご用命も承ります』という張り紙があることに気づいた里川は、メニューの字をじっと見つめていた村瀬に、小声で言った。
「一人か分からないけど、出前に出てんじゃないか」
 村瀬は壁の張り紙を目で追い、やっと納得したように小さく息をついた。生まれつき強盗をやると決めていたみたいに、その仕草の一つ一つは、仕事にとりつかれていた。スーツの男が立ち上がり、村瀬と里川の隣を通り過ぎると、トイレに入っていった。中から、内臓を全て吐き出すような勢いの咳払いが響き、里川は思わず肩をすくめた。村瀬は顔をしかめて、そのまま苦笑いすると、厨房の中を横目で見た。店主と妻は顔を見合わせて、呆れたように笑った。その様子を見ていた村瀬は、声には出さなかったが、あのスーツの男は道に迷ったのではなく、ここの常連なのだろうと結論づけた。
   
 消防署の中でも、指令課は特別、理奈のことを気に入っていた。この後に尋ねる警察署でも、強行犯係の面々は、わざわざ『世間話用の席』まで用意して、出前にやってくる理奈のことを待ち構えている。
「おー、いつもありがとね」
 笹木課長は待ちきれないように、手を消毒しながら言った。理奈は出前箱からハンバーグ定食の皿を取り出すと、まず課長に手渡し、残りの職員の前に各々の料理を置いていった。本当なら受付まで誰かが代表で取りに来るから、こうやって中には入ることはできない。しかし、世間話が目的となってからは、いつしか中まで呼ばれるようになり、各職員の前に料理を置いていくという習慣が定着した。
「この後は、また合法ヤクザんとこに行くの?」
 笹木は笑顔のまま茶化すように言うと、ラップを丁寧にはがした。理奈は鼻の頭までずれた黒縁眼鏡をひょいと上げると、うなずいた。
「はいっ。一課の方からも、ご注文いただいてます」
「おっ、合法ヤクザで分かるんだね」
 笹木がからかうように言うと、理奈は目を一瞬丸くして、俯きながら首を横に振った。
「いえ……! あ、あの。この後はいつも警察署の方へお邪魔するので、決してそんな風に思っているわけでは……」
 数人が声を出して笑い、笹木は詫びるように小さく頭を下げた。
「冗談だってば。変わらないなあ」
 理奈が指令課に出前箱を持って現れたのは、八年前の秋が最初だった。二十一歳だった理奈の運転はおぼつかなく、移動中に散々揺すられたハンバーグ定食は、着くころには、半分で盛り付けを諦めたように片方へ中身が寄っていた。受付に現れた笹木は、当時は主任で、『あれ、香苗さんじゃないんだな。おっ、野菜が寄り添ってんねえ〜』と言って笑った。理奈は二十九歳になった今も、消防署と警察署では特に子供扱いされており、小柄な上に細身なのもあって、初対面だとまだ高校生に間違われることもあった。昼に出前を取ってくれる事務員の女の人は、『黒縁眼鏡はもったいないよ。もっと色気を出さないと』と言って、色々とアドバイスをくれるが、理奈からすれば、配達している最中にコンタクトレンズが外れるリスクを取るより、長年愛用していて、ずれるタイミングまで把握できている黒縁眼鏡の方が楽だった。
「安全運転でね」
 笹木に送り出されて、理奈はサンバーの運転席に座り、エンジンをかけた。事故か事件が起きたのか、車庫に救急車の姿はなかった。香苗に『九時には戻ります』とメールを送り、ラジオから流れてくる雑音交じりの音楽に耳を傾けながら、思った。店の仕事を手伝うようになって、十年が経つ。小娘だったし、外見は今もさほど成長していない自分が言えることではないが、よくここまで続いたものだと思う。今ラジオで流れている曲は、開業して間もない頃に、店で流したことがあった。あまりに場違いで、客の会話が止まったことも覚えている。ピンクフロイドの、夢に消えるジュリア。有線に切り替える前は、店で流すためのテープを作っていた。
 十五年前。あの店を初めて見た日のことを、今でも覚えている。
    
 ロールキャベツ定食とラーメンが同時に出てきたことに驚きながら、村瀬は厨房でしかめ面を作っている店主を見た。分身の術でも使わないと、同時には出せないような組み合わせに思える。村瀬がラーメンを食べるために割り箸を割ったとき、店の前の道をパトカーがサイレンを鳴らしながら猛スピードで通り過ぎていき、里川が湯気の中で手を止めた。村瀬は一瞬顔を見合わせると、責任を転嫁するようにそれとなく店内を見回した。店主と妻はテレビを見ていたが、スーツの男と目が合った。
 無言で食べ続けていると、半分ぐらいを食べ終えた里川が言った。
「さっきのパトカー、なんだと思う?」
「知らねえよ。なんかあったんだろ」
 村瀬のわざとらしい言葉に、里川は負けないぐらいのわざとらしさで、笑顔を返した。スーツの男が、店主に言った。
「なんかあったんかね」
 ヤスリ掛けしたような、ざらざらとした声だった。その愛想笑いは、顔の輪郭に線を描き足したような皺が刻まれていた。
「最近多いんですよ。こないだも町の方で押し込み強盗があったし」
作品名:Jane Doe 作家名:オオサカタロウ