ジャスティスへのレクイエム(第3部)
「ニコライ君には黙っていたことがある。もっともこれは国家首脳でも一部の人しか知らない極秘事項になるんだが、君には話しておいた方がいいかも知れないな」
それを聞いて、ニコライは少し恐縮していた。
「私は、そんな国家機密まで知りたいとは思っていません」
と言いたげであったが、ここまで来て二人に面会までしたのだから、ある程度の覚悟を持ってのことだった。
だから、ニコライは二人から聞く話に自分が責任を持たなければいけないと考えた。だが同時に、
――どうして今二人は私にそのことを話してくれるのだろう?
と考えた。
黙っておくべきはずの国家機密を、いくら自分が信頼されているとしても、そんなに簡単に喋ることができるのだろう。ニコライはさらに疑問が膨らんだ気がした。
だが、神器の話を聞いて、少し戦争の流れが分かった気がした。
「なるほど、それでお二人はそんなに危機感を抱いておられないわけですね?」
「ああ、そうだ」
「持久戦に持ち込むおつもりなのかと思って焦れったく感じられたので失礼かとは思いましたが進言にまいりました。なるほど、それなら持久戦も分からなくはないです」
「さすがニコライ君だ。私が信頼しているニコライ君だったら、きっと分かってくれると思っていましたよ」
というと、
「そういうお考えであれば、持久戦に持ち込む理由も分かります。アクアフリーズ国が攻めてきた時、あたかも想像していなかったような雰囲気だったのもそのためだったんですね?」
「その通りだ。だからと言って、露骨にはできない。アクアフリーズ国もアレキサンダー国に対しても緒戦で優位に立っておく必要はないからね。まずは相手の様子を見ながら、睨みあいの時間を作るというのも重要な作戦になるんだよ」
「さすが、シュルツ長官ですね。分かりました。これから先は私にも役目があるわけですね?」
「ああ、簡単に見える役目だけど、気を付けないと、まわりから信用されなくなる可能性もある。そういう意味で信頼できる君にこの作戦の片棒を担いでほしいと思っているんだよ」
「光栄です」
とニコライが答えた。
「まだ何か気になっていることがあるようだね?」
とシュルツが聞くと、
「ええ、例の新兵器なんですが、私はあれを今回の作戦で使用していただけるものだとずっと思っておりましたが、今のお話を伺っている限りでは、使用されることはないように感じましたが」
「いかにも、あれは使用するつもりはない」
とシュルツは言い切った。
それを見たニコライは、ここに来た理由が、本当はそのことであるかのように明らかな落胆を示した。それを見たシュルツは、
「どうやら、君の懸念はそこにあったようだね?」
といい、
「おっしゃる通りです。私は科学者の立場からあの兵器のことを気にしております」
「というと?」
「我々科学者は、兵器の開発に対して、実際の戦場というものを知りませんので、使用された時にどうなるのかが理屈では分かっても、感情としてピンとくるものではありません。だから開発しながら、兵器が使われた時にどのような被害が起こり、そこでどれだけの人が苦しむかということを想像するしかないんです。それは開発段階でのことですね。実際に完成してしまうと、もうそんなことは考えません。それまでに自分の気持ちに整理をつけるようにしていますからね。そういう意味で兵器開発の人間も戦っていると私は思っています。だから余計に開発した兵器がどのように使われるかというのが気になるんですよ」
「それは、苦しむということかい?」
「いいえ、苦しみは今も申しました通り、通り超えてきたつもりです。だから使用される方々にしっかりと自分たちの気持ちを載せて使っていただきたいと願っています。そういう意味で開発が終わってからの方が気になっていると言っても過言ではありません」
「使用しないということを怪訝に思っているのかい?」
「ええ、私はあの兵器を相手の戦意をくじくという意味で開発するということで、シュルツ長官と意見が一致したことから開発しました。もちろん開発の間に自分で気持ちをいつものように整理しながらですね。だから今は兵器を使わないなら使わないで、その理由が知りたいと思うんです」
「なるほど分かった」
とシュルツはそう言って、一口目の前に用意されたコーヒーを飲んで話を始めた。
「あの兵器は、私にとってみればもろ刃の剣なんですよ」
「どういうことですか?」
「確かに相手の戦意をくじくという意味で必要不可欠だとして開発をお願いした。そしてこれが核のエネルギーを利用しているということもひた隠しにしなければいけないことだと思っている。そういう意味で戦争に対して背中合わせの矛盾を孕んでいる。だから私は今も悩んでいるんだ」
「何をですか? まさか開発自体に悩まれているわけではないですよね?」
「ああ、開発に悩んでいるわけではない。むしろ開発は間違っていなかったと思っている。だが、製造してしまえば、必ずどこかに保管しておかなければいけない。その保管ということに悩んでいるんだ」
「どうしてですか? それは他の兵器にしても同じこと。特に核保有国であれば、核兵器の保管はこれよりももっと重要なことではないですか?」
「そうだよ。でも核兵器は一度は使用されているんだ。いい意味でも悪い意味でも、公表されている。だから兵器の保管は世界全体の問題として提起されるだろう?」
「なるほど、これは我々だけの極秘事項でしたね。我が国の、しかも一部の人間だけしか知らないこと。その保管ということになると、その責任ははるかに重たいものになりますよね」
「私は、あの兵器も核兵器と同じで、抑止力として利用できればいいと思っている。実際にこの戦争の最後の切り札として利用するかも知れないと思っているんだ。もちろん、利用しない展開になることを望んでいるんだけどね」
「はい、それは『使用』ではなく『利用』ということですね?」
とにニコライがいうと、
「ああその通りだ。ニコライ君も分かってくれたようだね?」
とシュルツは笑った。
だがその笑顔は引きつっていて、決して笑顔ではなく苦笑いであることは明らかであった。
「はい、理解しました。シュルツ長官がここまで深くお考えであるとは、感嘆いたしました」
とニコライはホッとしたような顔になった。
だが、それを見てもシュルツの顔には笑顔はない。むしろ、さらに険しい顔になってきていることを横で見ているチャールズは危惧していた。
程なくその場には穏やかな空間が戻ってきた。三人は今までのような深刻な会話はせず。本題が終わっての談笑に移っていた。
「それでは私はこれで失礼します。今日はお忙しいところ、お話をいただき、ありがとうございます」
と言って、ニコライは帰って行った。
二人きりになったシュルツとチャールズだったが、
「なかなかニコライさんは厳しいお方ですね」
とチャールズが言った。
「ああ、彼は意識していないが、彼の話が我々に突き付けたナイフのような言葉を放ったということだな」
とシュルツは答えた。
「しかし、彼に任せて大丈夫なのかい?」
というチャールズに、
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第3部) 作家名:森本晃次