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ノーサイド

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 早紀は悟に一度も『告って』いない、悟は特別にイケメンと言うほどでもなかったがスポーツマンらしく爽やかで人懐こい笑顔の持ち主、その上勉強もできるとあっては彼にあこがれる女生徒は多かった、一方の早紀はと言えば小柄でやせっぽっちの眼鏡っ娘、スポーツは苦手な部類だし、勉強の方も中のやや上くらい、出来ない方ではないが特に出来るとみなされるレベルでもない。
 ストレートロングの髪は綺麗だと褒められるが、売りはそれくらい、並み居るライバルを押しのけて悟の彼女になれるなどとは思っていなかったのだ。
 
 中3になって悟の志望校がはっきりすると、早紀も同じ高校を目指した。
 私立や、まして男子校だったらそうは行かないが、第二グループとみなされる公立校を選んでくれたので早紀にもチャンスが巡って来たのだ。
 悟は余裕を持って合格したが、早紀にとっては簡単ではなかった、最後の数か月間は必死に勉強して何とか合格できた。

 高校に入っても悟はサッカー部に入るものだと思っていたが、悟が選んだのはラグビー部だった。
 だが、それは早紀には少しラッキーだった。
 サッカー部や野球部のマネージャーを希望する生徒は多かったが、ラグビー部はいかんせん男臭すぎる、マネージャーを希望したのは早紀一人だったのだ。
 そうして、早紀は、中学時代の「悟に一応顔と名前くらいは知られている」程度から、選手とマネージャーと言う関係になり、親しく話せる関係にまで発展した。
 そして、悟がスタンドオフとしてけん引したラグビー部は全国大会の県予選でベスト8と言う好成績を収め、早紀も選手と共に、とりわけ悟と一緒に充実した高校生活を送ることができた。
 そして、悟が明央大学への進学を志望していることを知ると、早紀も明央大学に願書を提出した……。
 

 悟は大学でラグビーを続ける気はなかった。
 ラグビー部は大学選手権にも何回か優勝している名門、部員数も100人を楽に超えるし、その多くはセレクションを経ての入学だ、高校ラグビーで鳴らした高校からだけでも各学年でチームが組める、高校時代は県内の有力校で司令塔を務め、県大会ベスト8まで牽引した悟だが、ラグビー部からの誘いがあったわけではなく一般入試での入学だ、猛者たちの間に入って芽が出るとは思えない、それよりも学生生活を楽しみながらしっかり学問も修めて良い会社に就職する、そんな4年間を漫然と想定していた。

 早紀が同じ大学に入学し、同じキャンパス内にいるのは知っていた。
 悟にとっての早紀は高校時代同じ目標に向かって一緒に戦った仲間の一人、恋愛感情こそ抱いていなかったが大事な仲間の一人であったことは間違いない。
 同じ教室で講義を受けることはなくとも、心安い相手。
 それに……小柄な眼鏡っ娘は割と好みだし、早紀のストレートロングの黒髪は高校時代から好ましく思っていたので、ランチを一緒に摂る相手としては文句なかったのだ。

「ラグビー、もうやらないの?」
「ええ? ここのラグビー部を甘く見てねぇ? 名門だぜ、部員数だって半端ないし、大半はセレクションだよ、俺なんか通用するはずないじゃん」
「そうかなぁ……」
「そうだって……それに大学の体育会だぜ、4年間をラグビーに捧げるくらいのつもりじゃなきゃついて行けないって、そこまでの覚悟は俺にはないね」
「そうなんだ……あたしはマネージャーに志願するつもりよ」
「ラグビー部の?」
「そうよ、決まってるじゃない、野球部のマネージャーになったって何して良いかわかんないよ、ラグビー部なら力になれると思うから」
「ふぅん……」
「入学から1か月経っちゃったけど、今日にでもラグビー部に行ってみるつもり、多分断られることはないだろうし」
「そりゃそうだろうな」
「紺野君も見に行くくらいはしてみたら? 血が騒ぐかもよ」
「血が騒いだところで無理なものは無理だよ……」
 そう言っては見たものの、やはり気になる。
 悟もその日の講義が終わるとグラウンドへ見学に行ってみた、あくまで見学のつもりだったが……。
 果たして早紀はグラウンドにいた。
 チームスタッフのジャンパーを着た他のマネージャーにくっついて仕事の説明を受けているらしい。
 早紀を目で追っているうちに悟の血も騒ぎ出した。
 早く受験勉強に向かわなければならないと言う焦りを感じながらも、最後の全国大会へ向けてそれなりの手ごたえを感じて頑張っていた日々……勝ち進んでいた時の高揚感と充実感……思い出と呼んでしまうにはまだ生々しい。
 そして芝生の匂い……高校のグラウンドは土だったし、県予選も1、2回戦は他校の土のグラウンドだった、3回戦に進んで県営陸上競技場の芝生を踏んだ時は胸いっぱいに芝生の匂いを吸い込んだものだ。
 そしてグラウンドを飛びかう声とぶつかり合う音、ボールを蹴る音……。
(入部もしないうちに諦めるのか? 何もしないで後悔は残らないのか?)
 悟は簡易スタンドに腰掛けながら自問自答していた。

「よう」
「うん」
「いつもと同じで良いの?」
「ああ、でもライスは特盛を頼む」
「どうしたの? 寝坊して朝ごはん食べ損ねたとか?」
「そうじゃないよ、少し体重を付けた方が良いかなと思ってさ」
「別に痩せすぎだとも思わないけど?」
「ラグビーをやるにはこれじゃ細すぎるだろ?」
「え? それじゃぁ……」

 とにかくやるだけやってみよう、壁にぶち当たって、その壁がどうやっても越えられないとわかったらその時に考えなおせばいいことだ……。
 悟はそう考えを改めてラグビー部の門を叩いた。

「あいつは何という名前だ?」
「紺野悟……一般入学生ですね」
「ラグビー経験は?」
「神奈川県立〇〇高校出身、高校時代のポジションはスタンドオフとなっていますが」
「線は細いがセンスを感じるな……キックも飛距離こそ物足りないが正確だ」
 明央大学ラグビー部は大所帯なので学年ごとのヘッドコーチを置いている。
 一年生にも強豪校からスカウトされたスタンドオフ、前田がいるが、コーチには悟の方がセンスを持っているように思えた。
 もちろん体格、体力では前田には及ばないが、体力はトレーニングでつけさせることができる、悟の身長は172センチ、バックスとしても少し小さいが不利になるほどではない、体重は食事で増やすこともできるだろう。
 総合力を考えれば悟はまだまだだ、だがセンスと言うものは教えて身につくものではなく持って生まれたものを自分で磨くしかない、悟には大きく伸びる可能性を感じたのだ。

 悟自身も手ごたえを感じ始めていた。
 自分は強豪校の出身ではない、3年生だけで15人のメンバーは組めない、高校のラグビー部は総勢25名、全員がベンチ入りし、スターティングメンバーの中にも2年生、1年生が半数いる、体格も強豪校には大きく劣る、しかし、そんな中で県大会ベスト8まで進めたのだから、そして自分はその司令塔的役割を果たしていたのだから、そう捨てたものでもない、全国大会出場と言うような勲章は持っていなくても同じ高校生だった、今も同じ17~18歳なのだ、臆することはない、体格や体力はこれからつけて行けば良い、大学ラグビーの集大成は3年後に訪れるのだから。
作品名:ノーサイド 作家名:ST