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十年後

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 現在我々の脳内には、各所にナノマシン技術を応用したチップが存在します。それを利用して感情の活性化を検知し、それに合わせて投与した医療用ナノマシンで前頭前野に刺激を与えて活性化し、感情を抑え込むことに成功しました。
――その研究がなぜ今回の厚生施設へつながったのでしょうか?
 長期受刑者を一つのモデルとして使用したと、先ほど言いましたが、私は彼らから直接臨床実験の許可を取りに行きました。その際、刑務所内を見学しましたが、ひどいものでした。受刑者たちは無気力で、釈放されることばかり考えており、作業も非常にいい加減です。以前奨励されていた民間刑務所が結果的にうまくいかなかった一因は、間違いなくこの点にあるといえるでしょう。
 そこで、私は前頭前野へナノマシンを作用させ、一時の感情を抑制することで、社会的な環境に適応させることもできるだろうと考えたのです。
 その成果が、この民間刑務所ですよ。
――この施設の特長について教えてください。
 通常の刑務所との違いは大きく分けて二つあります。一つは、ここが通常の民間の刑務所とは違い、利益を上げていることです。通常の民間刑務所では囚人たちが個人の職務を果たさないことや、監視にかかる夜間の光熱費などで利益を上げることは困難でした。しかし、ここではその点は心配ありません。感情の抑制によって、囚人たちの管理の経費はほとんどありませんし、私や他の研究者が進めたナノマシン技術により、効率を増しています。
 もう一つは、直接見たほうが分かりやすいでしょう。施設の中をご案内しますよ。

「録音はそのままで結構ですよ。基本的には、写真も自由に撮っていただいて構いません。では、こちらへどうぞ」
 彼は再度部屋の入口にあるエレベーターに乗り込み、一番下のボタンを押した。ボタンのふちがオレンジ色に点灯する。
「今から行く地下は管理区域になっています。この施設は一つの町として機能するように設計されているので、ここで全体の総括をしているわけです」
 扉が開くと、先ほどと同じように直接部屋につながっていた。数え切れないほどのモニターとパネル、メーターが並び、低く鈍いファンの音が響いている。
 何らかの区分けがされているのか、五人のグループが三つ、各機器に目を走らせている。私とマンソン氏が部屋に入っても、誰もこちらを気にする様子はない。
「管理はセクションごとに分けて行われています。工場や居住区もありますが、この施設ではエネルギーも自給自足しているので、その管理が最も重要ですね」
「ここの管理は企業へ委託しているのですか?」
「いいえ。全て囚人たちが行っています」
 私が頭一つ高い彼の顔を見上げると、彼は私を見下ろして愉快そうに目を細めた。
「そんなに驚くことはないでしょう。適性の高い囚人たちに講習と実技の研修を行い、働いてもらっていますよ」
「施設の中枢を囚人に任せて問題は起こりませんか?」
「ええ、問題ありません。非常に良く働いてくれていますよ」
 マンソン氏が笑顔で頷いたとき、一人の囚人が立ち上がった。同じグループのメンバーへ声をかけることもなく、無言のまま部屋の右側にある扉から外に出る。
 私は改めて部屋の中を見回した。一人が持ち場を離れたにもかかわらず、それまでと変わらずモニターや計器類を見ながら、何らかの操作を続けている。
 確かに、囚人という言葉から想像されるような粗雑さや混乱はなく、それぞれが冷静に仕事をこなしている。
 だが、雑談どころか相互の確認すら全く行われない。ただ、静かに唸る機械の音と椅子の軋む音だけが部屋に響く。
「さあ、そろそろ移動しましょうか」
 マンソン氏に促され、私は再度エレベーターに乗り込んだ。三つのうち真ん中のボタンを押しながら、彼は私に微笑んだ。
「驚かれましたか? 全員が元長期受刑者とは思えないでしょう」
「ええ、本当に。しかし、会話が全くないようでしたが、いつもあの状態なのですか?」
「そうですよ。といっても、彼らがコミュニケーションをとっていないわけではありません。むしろ、我々よりも高度なやり取りをしているといってもいいでしょう」
 彼に促されて地上階でエレベーターを降りる。言葉の意味を聞き返そうとした私の前を、囚人たちの列が通り過ぎた。
 全員が同じ作業服を身に着けており、二列になって規則正しい歩調で無表情に歩いていく。
「ところでミスター・バシ、この施設を見学されていて、何か気づいたことはありませんか?」
 通り過ぎていく囚人の列を眺めながら、マンソン氏は含みのある笑みを私に向けた。
 私は一歩踏み出し、改めて施設の中を見回したが、彼の言わんとすることはおおよそ理解していた。
「看守がいない、ということですか?」
「ええ、その通りです」
 マンソン氏は笑みを深くし、頷いた。
 この施設内には囚人を監視する設備が存在しない。看守や監視カメラばかりでなく、ここまで鍵のかかる扉すら見当たらない。
 いくら陸の孤島のような位置にあるとはいえ、主に長期受刑者を収監している体制とは思えない。
「これこそ、私の研究の成果なんですよ。こちらへ」
 私たちは規則正しい調子で二列に歩いていく囚人たちに続いて、エントランスを横切った。
 先頭の囚人二人が二枚扉を引きあけると、金属のぶつかる音と、機械油の臭いが流れてくる。
 一定間隔で並んだ工作機械が軋むような音を上げながら稼動していた。現在ではほとんど見られない、旧式のものが多い。
 並んで入っていった囚人たちが三々五々と持ち場へ散っていくと、それまで脇目もふらずに作業に専念していた囚人たちが、無言で入れ替わる。
「先ほど、前頭前野を活性化することで感情を抑制できるとお話しました。これは合理的思考が強調される、ということでもあります。つまり合理的に判断して、脱走するよりもここで仕事をする方が大きな利益が得られると判断すれば、脱走の危険もサボる危険もありません。それもあって、この施設はこんな脱走のしようのない場所に作ったわけです」
 交代した囚人たちは出入り口で先ほどの囚人たち同様の隊列を作り、歩調を合わせて歩いていき、最後尾の二人が扉を閉めて出て行った。
 まるで軍隊か機械のような不自然な行軍が行き過ぎたあとも、私はしばらく彼らが去った方向から視線を逸らせなかった。
 すっと、目の前にマンソン氏の顔が下りてくる。その自慢げな笑顔は、今まで見ていた人のいい笑顔と同じようで、不気味だった。
「さて、これからもう一つ面白いものをお見せしますよ」
 そう言って、彼は扉の近くに付属されている消防設備から斧を取り出した。
 赤く塗られたそれを手の上で二、三度弾ませるように弄んでから、彼は止める間もなく、手近な機械の側面へそれを叩きつけた。
 制御パネルのスイッチらしいものが吹き飛び、床ではねる。斧を引き抜いてもう一度。
 理不尽な仕打ちに、陥没したパネルから火花が散る。金属の板から何かの部品を作っていたその機械は、キュルキュルと空転するような音を残してゆっくりと停止した。
作品名:十年後 作家名:渡り烏