短編集57(過去作品)
成就する恋
成就する恋
敏行が人恋しくなるのは定期的だった。時々鬱状態に陥ることのある人なら分かるだろうが、ある日突然人恋しい時期がやってくる。しかし、それも前兆のようなものがあって、寂しいと思うのが早いか、人恋しいと思うのが早いのか分からないでいた。
人恋しさと寂しさは厳密に同じものかどうかは分からないが、やはり寂しさを感じる時に人恋しくなるようだ、だが、人恋しい時が必ず寂しい時だというわけではなく、寂しくなくとも人恋しくなることがあった。
そんな時は精神的には余裕があるもので、誰かと出会うこともあった。特に女性と出会うことが多く、結構いい仲にまでなることもあった。
彼女がいる時に女性と出会ったりすることもある。出会いというのは新鮮なもので、彼女がいたとしても、知り合った相手を好きになってしまうこともある。
――それが浮気だと言われるのであれば、浮気が悪いことではないように思う――
とさえ思ったほどで、きっとそれは自分の付き合っている人がいつも自分一筋だと思っているからだろう。だが、自分の知らないところで他の男性と知り合っているのであれば、それは気になることではない。
――淡白な人間なんだな――
と自分を顧みる時に考えてしまう。
毎日が会社と家との往復、そんな生活に疲れかけると、人恋しくなる。だが、人と知り合うことにさえ億劫になったりすることもあり、
――その日だけ相手をしてくれる人でもいいんだけどな――
と思うようになっていた。
お金に余裕のある時であれば、風俗を利用することもある。決して安いものではないので、しょっちゅう利用するわけではないが、一時の恋人を求めるのであれば、それに越したことはない。
――風俗を利用する人って同じような気持ちなのかも知れないな――
そんなことを考える。
ついてくれた女の子に、
「お客さんって、どんな感じの人が多いの?」
と聞いたことがあったが、
「そうですね。皆さん優しいですよ。寂しいから私を呼んでくれたって言ってくれる人も多いんですけど、一緒にいる時に寂しさを見せない人も結構いますね。でも、やっぱり本当の自分をなるべく隠そうとされている人も多いのか、照れくさそうにしている人もいます。そんなお客さんをいとおしく思うこともあるんですよ」
と話していた。
男の方からすれば、寂しさや心の間にポッカリと空いた穴を埋めるために彼女たちを呼ぶのだろう。それは彼女がいる男性でもそんな気持ちになることがあるに違いない。
――彼女に悪いな――
という気持ちを持ちながら、まったく違う自分がそこにはいる。一過性の病気のような感覚だともいえるが、違うだろうか。
三十歳を境に、敏行は結婚願望が薄れていった。
三十歳くらいまでは、普通に恋愛していずれ結婚するのが一番の幸せだと思っていたが、学生時代のようにひたすら彼女がほしいと思って、理想とする女性を模索していた時期が懐かしい。
敏行にとっての理想の女性とはどんな女性なのか、それは三十歳を超えてからでも分からなかった。
「結婚相手と、彼女として付き合う相手は違うからな。彼女として付き合っていても結婚する相手として考えると、躊躇してしまうことだってあるさ」
敏行が新入社員として会社に入った時、ちょうどいろいろ教えてくれた先輩が、三十歳になろうとしていた時期だった。先輩には付き合っている女性がいて、彼女から結婚をほのめかされていたらしい。
しかし、それも当然と言えば当然である。結婚適齢期に男性と付き合っていれば、結婚の二文字が頭を掠めるものである。
「だけど、結構適齢期に知り合ったからといって、それが本当に自分の理想の女性化どうかというのは、考えれば考えるほど分からないものさ。もう少し付き合ってみたい気もするし、他の女性への目も向いてくるし」
先輩の言い分も分からないではないが、正直敏行から見れば、
――せっかく付き合っている人がいるんだから、素直に結婚してしまえばいいのに――
と思っていた。
「結婚は人生の墓場だ」
というネガティブな考えもあるが、敏行はもう少し楽天的である。
――結婚してしまえば、結構うまく行くものかも知れない――
どんなにうまく行くと考えていても、離婚する人は離婚する。却ってあまり深く考えない方が、末永く好きでいられるのではないかと考えるようにもなっていた。
「見合い結婚の方が離婚しないというし」
そんな話も聞いたことがある。深く考えないからではないかと敏行は思っていた。
深く考えると、袋小路に入り込んでしまう。袋小路に入り込んでしまうと、それまで何かを考えていた時間というのが、もったいないものに見えてくるものである。
――無駄な時間を使ってしまった――
と考えていたが、最近では、無駄な時間というのも悪いことではないように思えてきたから不思議だ。
後から思い出せないだけである。その時は無駄ではなかったのだ。結構後から考えると、その時に何を考えていたか分からなくなっているが、決して無駄だったわけではないと考えるようになった。
定期的に人を好きになるというわけではないようだ。
人恋しくなって女性を抱きたいと思っても、イメージする女性が自分の求める女性とは限らない。その証拠に気になる女性のタイプはその時々で違っていたりする。優しさを求めることもあれば、自分が優しさを与えたい気分になる時もあって、その背景が自分でもよく分からない。
まだ三十歳にもなっておらず、結婚もしていないのに、どこか女性に対して冷めた目で見ている自分が嫌になる。学生時代に遊んでいたわけでもなく、風俗に行くのも社会人になってからのことだった。女性にもてないから風俗に通っているというわけではない。他の女性にない何かを求めて行っていたからである。
それが優しさなのか、妖艶さなのか分からない。むしろ彼女たちにあどけなさを感じるくらいだ。癒しを感じたくて行くのであって、求めたものを素直に返してくれる彼女たちがいとおしく思うこともある。そんな時、
「俺って、普通の恋愛はできないんじゃないだろうか」
と考えてしまう敏行であった。
それにしても普通の恋愛とは何であろうか?
まずはどのようにして知り合ったのが普通の恋愛になるというのだろう?
友達の紹介? それともクラスメイトや同僚? クラスメイトや同僚であっても声を掛けるきっかけがなければ、恋愛に結びつくはずもない。相手が意識してくれるのを待っているようではなかなか恋愛に発展することもないだろう。
敏行も学生時代にクラスメイトの女の子に声を掛けることもあったが、なかなか付き合うまでに発展することはなかった。合コンなどに誘われても、どちらかというと地味で、誰かに話しかけるにしても話題性にも乏しかった。時々端の方で静かにしている女の子を見つけて話しかけにいくこともあったが、話が続かず、そそくさと他へ行かれてしまうのがオチだった。
――やっぱり、きっかけと話題性がないとダメなんだ――
作品名:短編集57(過去作品) 作家名:森本晃次