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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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4. 校舎脇で


 闇が溶けてゆく。甘いシロップのような光が闇を溶かしてゆく。
 思う間もなく、暖野はフーマと抱き合ったまま校舎脇の植込みに落下した。そこは、図書館のちょうど真下だった。
近くを歩いていた生徒が慌てて駆け寄ろうとする。だが既に着付けを終えたドレス姿だったために、足がもつれて転びそうになってしまっていた。
「痛い……」
 暖野は身を起こす。咄嗟にフーマが下になってくれたために、直接地面には打ち付けられずに済んでいた。
「フーマ?」
 顔を顰めながら、フーマも上体を起こす。
「俺は大丈夫だ。お前は?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
 校舎からキナタが飛び出してきて、息せき切って二人に走り寄る。
「いったい何があったんですか!? あんな所から飛び降りたりして!」
「いや、何でもない」
 フーマが冷静に返す。それから、集まって来た生徒たちに向き直った。「俺達は大丈夫だ。すぐに救援が来るから、もう安心していい」
 それでも心配して色々と声をかけてくれていたが、やがて生徒たちはそれぞれに散って行った。
「キナタ。タカナシはマナを消耗している。すぐに手配を」
「あ、はい。怪我とかは――」
「問題ない」
 そう言われて、キナタは校舎内へと急いで戻って行った。
「飛び降りたって言ってたけど」
 それを見送りながら、暖野は言う。
「扉は俺達にしか見えないからな」
「でもそれって、キナタさんもあの場にいたってこと?」
「ああ」
「だったら、どうして――」
 助けてくれなかったのかと言おうとする暖野を、フーマが制する。
「巻き込むわけにはいかないだろう? 俺は、お前を護るだけで精一杯だった」
 確かにその通りではある。しかし、どうも腑に落ちない。扉が見えない彼女には二人がどう見えていたのかと。
 おそらくキナタは事の一部始終を見ていたわけではないだろう。もしそうならば、暖野が扉を開けようとした時点で異変に気づいていたはずだ。
「お前も怪我はなさそうだな」
 フーマが言う。
「うん」
 立ち上がろうとする暖野の手を引き、その場に座らせる。
「どうして?」
「さっきも言っただろう? お前のマナはかなり減少している」
「うん……」
 身体の怠さはそのせいなのだろう。いま急な動きをしたら、またもや立ち眩みを起こしてしまいかねない。
 甘い香りをはらんだ風が吹き抜ける。本当ならうっとりするようなこの香りも、暖野にとっては凶兆でしかない。
「ねえ、さっきのって……」
 フーマに身をもたせかけたまま、暖野は言った。
「扉は確かにあった」
「うん」
「あの空間は、この学院のアーカイブだ」
 フーマが難しい顔をする。暖野はそれを、黙って見つめた。
 しばらく考え込んだ後、フーマが口を開く。
「……扉とアーカイブ空間との間にずれが発生しているようだ」
「じゃあ、あの部屋は消えてしまったわけじゃないのね?」
「ああ。それはないと思う」
「どこへ行っちゃったんだろう……」
「どこへも行っていないだろうな」
「でも、あそこにはなかったじゃない?」
「あることは、ある。ただ直接に繋がっていないだけで」
「どういうことよ? 繋がってないのなら、どこか他のところにあるってことでしょ?」
「あれは、おそらくそのままにあるはずだ。だが、俺達がそこに入ることを何ものかによって阻まれている」
「何なのよ、それ? ひょっとして――」
「そうだな。それの目的は、お前だけなのかも知れない」
「……」
「前にもあっただろう? お前を緊急避難させたことが。覚えているはずだ」
 暖野は頷いた。隠し部屋で交わした初めてのキスのことを、それから真っ白な空間へ飛ばされて――
「やっぱり、私のせいなんだ……」
「いい加減にしろ。お前は悪くないと何度言ったら分かるんだ」
「だって、私のせいでみんなを巻き込んで、大事な部屋だってあんな事になって……」
 暖野はうなだれる。「私なんか、いなかったら何事もなかったのに……」
「それは違う」
「どうして違うのよ」
「むしろ、お前がいたから動き出したんだ」
「どっちにしても、私のせいじゃない?」
「悪く受け取るな。言い換えてみろよ。お前のせいなのではなく、お前のおかげなんだ」
「そんな、ただの言葉遊び……」
「叩いてもいいか?」
「どうして、そうなるのよ?」
「正気を取り戻せ」
「私は正気よ? 狂ってるかも知れないけど、それでも正気なつもり」
「あれを見てもか?」
 フーマが校舎の方を指す。そこには暖野のマナの影響で花をつけた蔦が這っている壁面があった。その蔦が上の方から枯れ始め、塵となって崩れ始めている。
「いいことじゃないの? これで元通りになるんでしょ?」
「お前は、あの泉を涸らすなと言った」
 フーマが暖野の目を見据えて言う。「暖野、お前がそれを涸らしてもいいのか?」
「……」
 そこへ、キナタが医療班を伴って戻って来た。暖野の身を案じたイリアンも傍にいる。
「タカナシ君。君は……」
「すみません」
 叱られると思った暖野は、イリアンに謝った。
「どうして謝るのかね?」
「だって、私は……」
「君が、何か悪いことをしたのかね?」
 直視できずに、暖野は顔をそむける。
「キナタから話は聞いた。あの部屋は無事だ。今しがた確認した」
「では、やはりタカナシだけが遠ざけられているということですか?」
 フーマが訊く。
「そういうことのようだ」
「理由は?」
 それには、イリアンは黙って首を横に振った。
「そうですか……」
「学院長にも分からないんですか?」
 暖野が訊ねる。
「申し訳ないが、詳細は調査中だ」
 その言葉で、暖野は思い出した。以前の緊急警報の件についてもまだ聞かされていない。フーマもそれについて語らないのは、まだ原因が分からないからなのだろうか。暖野はそれについても訊いてみた。
「カクラ君」
 イリアンがフーマの方を見る。「君はそのことについては、まだ話していないのだね?」
 フーマが頷く。
「後で話してあげなさい。彼女も、自分で自分を守らないといけないのだから」
 イリアンとフーマが互いに視線を絡ませ合うのを、暖野は黙って見ていた。
 処置が終わり、その場にはフーマとイリアン、暖野の三人だけが残された。
「君には最後まで辛い思いをさせるね」
 イリアンが哀し気な目をする。
「いえ……」
 そうだと言えるはずもない。暖野は目を逸らして、それだけを言った。
「申し訳ないが、私はこれで失礼させてもらうよ。後で会えるのを楽しみにしている」
 軽く頭を下げて、イリアンは二人に背を向けた。
「フーマ……?」
「ああ。分かっている」
 そう言うフーマの表情も、辛そうだった。
「もう、無理には訊かない方がいいのかな……」
「……」
 真剣な眼差しを、暖野は真っ直ぐに受け止める。迷っていると、暖野は思った。どうせ全てを語ってはくれないだろう。どれだけのことを話せばよいのかを、フーマは考えているのだ。
「鍵の話は、何度もしただろう?」
 ようやく口を開いたフーマに、暖野は頷く。
「その鍵を……」
「何?」
「鍵を……」
 フーマが口ごもる。「守れ」
「それだけ……?」
「お前を狙っているものから、鍵を守れ」