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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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3. 学び舎にお別れを


「暖野」
 誰かが呼んでいる。
 ああ、またこれだ――
 暖野はうんざりする。
 こんどは、誰?
「暖野!」
 頬を強く挟まれる。
「え? うわ!」
 暖野は慌てて身を起こした。
「やっと目を覚ましたか」
「私……」
 フーマの顔が目の前にあった。そして、心配げに見つめるリーウと、キナタ。
「良かった」
 大きく息を吐いて、フーマがベッドに腰を下ろす。
「ねえ、何があったの? 私、自分の世界に戻ってたみたいなんだけど」
「あれは、お前の世界ではない」
「うん」
 それは、何となく分かった。もし本物の宏美なら、あんな言い方はしない。
「お前のマナ制御能力は著しく低下している。なのに――」
 背後でキナタが身を固くするのが分かった。
「いいよ、フーマ」
 暖野は、フーマに手を伸ばした。
 昨夜、暖野のマナ減衰を懸念して、みんなからマナを分けてもらった。それがおかしな方向へ作用したのだろう。皆それなりに楽しんだ。そして今、ここに戻って来られた。
「お前がもし、あの世界を受け容れていたら」
 暖野は首を横に振った。
「私、ここにいる」
「それでいいのか?」
「それだけで、いい」
「そうか」
 人目もはばからず、フーマが唇を重ねてきた。暖野も拒むことなく、それを受け止めた。見ていられないというようにリーウは顔を背けたが、キナタはどこか哀し気にその光景に見入っていた。
「もう、いいよ」
 暖野はフーマの頬を挟み、そっと離す。そして、寂しげに微笑んだ。
「お前は、俺が止めなかったら、あそこにいるつもりだったのか?」
「出来たら、その方が良かったかも」
「俺がいなくてもか」
 そう言われて、暖野は目を逸らせる。
 確かに、元の世界に戻れるのなら、それが一番いいに決まっている。だが、フーマがいない世界なんて――
「それは、嫌」
 暖野は言った。
 フーマが、暖野を抱き締める。
「痛いよ……」
「すまない」
「でも、ありがとう」
「ああ」
「もう、そろそろ時間なのですが……」
 キナタが申し訳なさそうに言う。
「時間?」
「もう、あまり時間がない」
 フーマが言う。
 手近に時計はない。だが、外の陽射しはもう朝のものではなかった。
「起きられるか」
 差し出された手を、暖野は取る。
 立ち上がろうとする暖野の腰を、キナタがさりげなく支えてくれた。
「ありがとう」
「お前、あいつは精神高揚剤を摂取していたんだぞ」
 礼を述べる暖野に、フーマが言う。
 それって、ひょっとしてお酒――?
「すみません、つい……」
 キナタが俯く。
「いいんですよ」
 暖野は努めて明るく言った。「いっぱい楽しませてくれたし、それに、私のお父さんもよく飲んでましたから」
「そう言ってもらえると……」
 キナタがますます縮こまる。
「気にしないでください。私も気にしてないですから」
 暖野は笑って見せた。
 フーマがそれを複雑な表情で見つめる。
「行きましょ。あんまり時間がないんでしょ?」
 暖野はフーマの手を取った。
 時間は既に昼を過ぎていた。
 時間がないというのは、最終衣装合わせの段取りのことらしかった。暖野はそれで、自分が思っていたよりも長く眠ってしまっていたことを知ったのだった。
「アルティアさんは?」
 歩きながら、暖野は訊いた。
「準備とかで、とっくにどっかに行ったよ」
 リーウが応える。
「私、舞踏会なんて初めて……」
「私だってそうよ。踊りなんてズンドコ祭りくらいしか知らないんだから」
 それを聞いて、暖野は吹き出す。
「ちょっと。何が可笑しいのよ」
 リーウが唇を尖らせるのを見て、暖野は更に笑った。
「もう! あんたの世界がどうなのか知らないけど、こっちは真剣に悩んでるんだから!」
「え? リーウが、何を?」
「だって、私にもドレス着ろって」
「いいじゃない」
「どうしてよ。 美味しいもの食べられないんでしょ? お腹ぎゅうぎゅう締められるんでしょ?」
「あ、いや……」
 暖野はその理由に苦笑する。「でも、とりあえず、着てみてから決めたらいいんじゃない?」
「まあ、それもそうね」
「前に町に行った時よりは、ずっといいと思うわよ」
「そう?」
「ものは試しよ」
 得心いかないような表情のリーウに、暖野は言った。
 そして試着室。
 昨日に採寸を済ませている暖野より先に、リーウがドレスを選ぶことになった。今さら内密にするようなことでもないため、暖野も一緒に試着室に入る。
「あ! 嫌! ――痛っ! やめて! うぐ……」
 コルセットを締め上げられるリーウを見て、暖野は思わず笑ってしまう。
「げ! ちょっとノンノ! 何笑ってるのよ! うあ!」
 更にコルセットを締められて、リーウが女の子らしからぬ声を上げる。
「嫌よ! こんなの、何も食べられないじゃない!」
「慣れですよ。そのうち落ち着きますから。淑女のたしなみですよ」
 着付け係の女性はあくまでも冷静だった。
「もういい! ドレスなんていいから!」
 まあね、私もきつかったし――
 経験者の余裕で、暖野はリーウを見る。
 それにしても、大げさね――
 抵抗も虚しく、リーウは為されるままにドレスを被せられた。
「はい、いいですよ」
 着付け係に言われて、リーウがため息をつこうとする。だが、極限まで締め付けられた体では思うように息すらできないようだった。
「さあ」
 暖野の時のように、リーウは鏡の方に向けられる。
「え? うわっ!」
 その反応に、暖野は笑う。
「嘘でしょ? これ、私なの?」
 リーウが目を丸くしている。
「ね?」
 訳知り顔で暖野は言ってやる。
「髪など整えたら、もっと美しくなりますよ」
 着付け係の女性が言う。
「う……美しい?」
「そうですよ。あなたは美しいですよ」
「え……ああ……その――」
 困惑気味に、リーウが暖野を見る。
「うん。美しい、美しい」
「あんた、馬鹿にしてるでしょ?」
「してないよ! だって、ホントに綺麗なんだもん」
 暖野は笑いを噛み殺しながら言う。
「そ……そうなのかな……」
「自分でも思ってるくせに」
「いや……でも――」
 リーウが鏡に映った自分の姿を見ながら言う。「こんなの、私じゃないよ」
「でも、似合ってる」
「そう……?」
 言葉とは裏腹に、リーウは角度を変えては自身の姿に見とれている。
 しばらく鏡の中の自分に酔っているようだったが、お腹の辺りを叩いて言い放つ。「やっぱり嫌よ。こんなんじゃ、何も食べられない」
「何よ、それ」
「パーティーは食べてなんぼじゃない」
「舞踏会でしょ?」
 暖野は言い直してやる。
「同じことよ」
 そこまで言って、リーウは着付け係に向き直る。「どうしても、これでなきゃ駄目なんですか?」
 着付け係の女性が笑う。
「本当はですね。コルセットなんて要らないんですよ」
 それを聞いて、暖野とリーウは同時に口をあんぐりと開けてしまった。
「ちょっと、それって、どういうことですか?」
 暖野が訊く。
「淑女としての身だしなみを知ってもらうための儀式のようなものです」
「儀式って……」
「でもですね。コルセットがないからと言って安心するのは早いですよ」
「どういうことです?」