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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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2. 幻想空間


 フーマは深夜になって帰って行った。暖野も敢えてそれを引き止めなかった。
 しばらく部屋で物思いに耽った後、暖野は一人で浴場へ向かった。浴場内には誰もいなかった。広い浴槽に身を浸していると、こんな贅沢も今夜で最後なのだと寂しくなってくる。
 鍵か……
 顎まで湯に浸りながら、暖野は考える。
 結局、鍵なのだと。
 アゲハもマルカも、そしてイリアンやフーマさえも。
 自分は決してそんな大それた人間ではないと、暖野は思う。もし出来ることならば、宏美たちと一緒に普通の生活をしていたかった、そしてもし叶うのならば、ここでの生活をもっと楽しみたかった。
 世界を救えとか以前に、自分の平和が欲しい。普通にみんなと同じように生きたい。ただ、それだけなのに……
 それだけなのに……
 知らぬ間に鼻まで浸かっていて、暖野は慌てて体を起こした。
 もう結構遅い時間になっている。門限はあっても浴場はいつでも解放されているのだろうかと暖野は思う。まあ、閉まっていないのだから気に留めることもないのだろう。湯から上がって、丹念に頭と体を洗った。
 一人風呂を堪能し過ぎたせいか、少しのぼせてしまった。セルフコーナーで牛乳を買い、その場で一気飲みする。そして更に炭酸飲料を一本、いや二本を持って自分の部屋へ戻った。
 どうせ私物などほとんどない。あるとすれば、向こうの世界から持って来た統合科学の本だけだった。だから鍵などかける必要もなかった。
「おかえり」
 ドアを開けると、思った通りリーウがいた。ただ、予想と違ったのは、リーウも飲み物を用意していてくれたことだった。
「うん」
 暖野は笑みをこぼす。「来てくれると思った」
 そう言いながら、リーウに飲み物を手渡した。
「当たり前じゃない。あいつが帰ったなら、私が遠慮することないし」
「なんか、よく分からない根拠」
「そんなこと、どうだっていいじゃない」
 いきなりリーウが抱きついてくる。
「ちょ――ちょっと!」
「私……」
 暖野を抱きしめたまま、リーウが言う。「寂しいよ……」
 緊張を解いて、暖野も彼女の背に腕を回した。
「寂しいんだよぉ……」
「うん……」
 リーウの背をさすってやる。
「ホントはノンノが一番寂しいって分かってるのに、それでも寂しいんだよぉ……」
 これまでずっと明るく元気で、無理にでも気丈に振舞っていたリーウが初めて見せる弱音だった。
「仕方ないよ」
 暖野は言う。「気持ちなんて、誰かと較べられるものじゃないし」
「うん……」
「ありがとう」
「なんか、変なの!」
 リーウが身を離して言う。
「何が?」
「なんで私が、ノンノに慰められなきゃいけないのよ」
「いいじゃない? 寂しい時は無理しなくても」
「うん」
「だって、リーウはルーネアさんのこともあるんだし」
「うん……」
「私だって、ずっとここにいたいよ」
「ノンノの世界より?」
「たぶん、そう。ここの人は、いつかは自分の世界に戻るんでしょ? だったら、私もそうしたかった」
「そうだよね。ノンノの場合は、無理やりだもんね」
「私だけじゃないわ。ルーネアさんも」
「うん」
「それって、私のせいなんだよね」
「なんで、そうなるのよ?」
「だって、ルーネアさんは私に大切なことを伝えるために、ここを離れないといけなくなったんでしょ?」
「それは、そうかも知れないけど……」
「ごめんね、リーウ」
 暖野は、もう一度リーウを抱きしめた。
「ダメだよ、ノンノ」
「どうして?」
「だって、誰も悪くないじゃん。ノンノだって、好きでこうなったわけじゃないんだし」
「うん……」
 言われてみれば、そうだった。元はと言えば、意思に関係なく沙里葉に連れて来られたのが発端なのだ。それは決して暖野の責任ではない。それに、アゲハも暖野には責任がないと言っていたのではなかったか。
 でも、目の前で自分のことに心を痛めている親友を見ると、そんなことはどうでもよくなる。
「なんかさ。しんみりしちゃうね」
 リーウが言った。
「うん」
「でも、あっちの世界にも、待ってる人がいるんでしょ? それだけでも救いよね」
「ちょっとって言うか、正直向こうには戻りたくない」
「そうだね。色々ややこしそうだし」
「ホント、ややこし過ぎる……」
 暖野は天井を見上げて息をついた。
「ま。くさくさしててもしょうがない!」
 リーウが袋から箱を出す。「これ、なーんだ?」
「何それ」
 テーブルの上に置かれた箱に、暖野は顔を近づける。「ん? あー……」
 鼻をひくつかせる。甘い匂いがする。
「じゃーん!」
 大仰に言って、リーウが箱を開けた。
「わっ! どうしたのよ、これ?」
 箱の中にはフルーツたっぷりのケーキが詰まっていた。大きいものではなく、どれも小降りで宝石のように輝いている。
「これだけじゃないよ」
 リーウがニヤリと笑う。そして立ち上がると壁を拳で数度叩いた。
「何やってるのよ?」
 言う間に短くベルが鳴るのが聞こえた。「え? 非常ベル? 何? 何――?」
 照明が消える。
 暖野は短く悲鳴を上げた。
 ドアが開き、数人が灯火を持って部屋に入って来る。
「ちょっと。何がどうなってるの?」
 再び明かりが点く。
「タカナシさん」
 部屋に入って来た数人の中に、アルティアがいた。
「アルティアさん、これは?」
「パーティーよ。みんなで盛り上がりましょう」
「今夜は落ち込ませないわよ」
 リーウが暖野の肩に腕を回して引き寄せた。
 アルティアの後ろには保護役のキナタ・マンヴェールもいた。彼女は暖野にそっと微笑んで頷いた。
「みんな、ありがとう」
 暖野は嬉しさのあまり込み上げて来た涙を、人差し指で拭った。
 リーウ、アルティア、そして暖野に服を貸してくれた女の子アンカにキナタ。五人はふざけ合ったりしながら、明け方近くまで盛り上がった。
 時おり、この浮かれた馬鹿騒ぎの最中にもふと寂しげな表情を見せてしまう暖野だったが、すぐさま誰かがふざけて笑いに引き戻した。
 ありがとう。みんな――
 暖野は冷静な部分で、心から感謝した。
 暖野は寝返りを打とうとした。だが、体が動かない。
 それに――
「やっぱり……」
 組み伏せるようにリーウが身体の上に圧しかかっていた。
「もう……」
 どうせ起きはしないので、少々強引にリーウの身体を横に除ける。案の定、そんなことには全く気づきもせずに、リーウは安らかな寝息を立てたままだ。
 灯りのない室内は仄かな朝の蒼に満たされていた。月明かりでもない、明け方の蒼。昨夜のメンバーは、皆それぞれの姿勢で床に転がっている。
 ほとんど眠れていないはずなのに、暖野は眠気は感じなかった。ただ、何となく怠い。体がではなく、頭というか、心が。
 最後の朝。皆の寝顔。
 これを見ることは、今後ない。
 暖野は室内を見回す。そうしている間にも、朝は白んでゆく。眠れないのに横になっていても仕方がない。じっと物思いに耽りたい気分でもなかった。
 そうだ――
 こんな時は、お風呂が一番――
 以前のようなことがないよう、テーブルの上に書き置きを残して、暖野は浴場へと向かった。この沈んだ気分をすっきりさせたかった。