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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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久遠の終章 ひかりの花 1. 次元認識


 しばらくの後、フーマは暖野の部屋にいた。
 リーウがいつの間にか彼を連れ込むための策を練っていてくれていたからだ。寮生の一人が寮監を呼び出し、その間に他の生徒の協力で3階まで上がったのだった。なんとも稚拙な作戦ではあったが、それは見事に功を奏した。
「どう? ここが暖野の部屋よ」
 リーウが、自分の部屋でもないのに自慢げに言う。
「ふむ」
「どうせあんた、女の子の部屋になんて入ったこともないんでしょ?」
 女子の部屋どころか、別の誰かの部屋に入ったことすらないだろうと、暖野は思った。
「何にもないでしょ?」
 暖野は言う。
「俺の部屋と同じ感じだな」
「そりゃ、そうでしょうよ。あんた達は通いなんだし、私物とかないでしょうに」
「だが、匂いというか、ふむ……」
「こら!」
 リーウが、フーマの背を叩く。「そういう変なことを言わない!」
「私、匂う?」
 暖野は袖の辺りを嗅ぎながら訊く。
「ほら、フーマが余計なこと言うから、ノンノが気にしてるじゃない」
「そうなのか? これは、謝るべきことなのか?」
「もういいよ」
 暖野は歩いて行って、窓を開けた。
 途端に冷気が入り込み、暖野は思わず身を竦める。だが、ずっと締め切ったままだったから、きっと匂いがこもっているのだろうと、窓は閉めないままにした。
 いざフーマを招き入れたものの、何をしていいものやら皆目見当もつかない。話したいことは幾らでもあるはずなのに、話題が見つからない。
「とりあえず、座って」
 暖野はクッションを勧める。「リーウも」
 最後に暖野はベッドに座った。何となく気まずい空気が流れる。外でならともかく、自室に男子を呼ぶなど、初めてのことだった。
 馬鹿ね――
 暖野は思う。ここは自室と言っても、家ではない。それに、私物と呼べるようなものも飾りも何もない。見られて恥ずかしいようなものなどないはずなのに。
 リーウが咳払いする。
「あんた達、なに固まってんのよ」
「私、固まってなんか――」
「固まり過ぎ」
「そ……そう?」
「それとも、私に気を遣ってる?」
 リーウが横目で見てくる。
「そんなことないって!」
「ふふん」
 リーウが、意味ありげな笑みを浮かべる。「私、先にお風呂行ってくる」
「あ……」
「すぐ戻るって」
 快活に言って、リーウは出て行った。
「行ってしまったな」
 フーマが言う。
「うん」
「俺は、何のためにここにいるのだろう」
「分からない」
 二人して黙り込む。密室で二人きりになると、何故か緊張してしまう。
「暖野」
 しばらくして、フーマが口を切った。「やはり、俺がいると具合が悪いか」
「ううん、そうじゃない」
「暖野、こっちへ来い」
「うん……でも……」
 まさかとは思いつつ、暖野は立って行き、扉の外を窺った。リーウはいない。本当に風呂に行ったのか、それとも気を利かせて二人きりにしてくれたのかは分からないが。
 廊下には、他の者の姿もなかった。
「あいつを疑っていたのか」
 暖野の様子を見て、フーマが言った。
「疑ってるって言うか……」
「複雑だな」
「そうよ」
 暖野はドアから離れる。「人間なんて、そんなに簡単に割り切れるものじゃないでしょ」
「そうだな。お前を見ていると、そう思う」
「未来の人って、もっと賢いと思ってた」
「その賢さの基準が分からない」
「それくらい勉強してよ」
 言いながら、暖野はフーマの向かいに座る。「フーマって、秀才のくせに何にも分かってない」
「人の心は乱数が多すぎる」
「人の心は数字じゃないわ」
「うむ。では、言葉か」
「それも違う」
「では、何なのだ?」
「これ」
 暖野は立って行って、やおらフーマの唇に自らのそれを重ねた。最初は暖野から、次いでフーマが舌を絡ませてくる。
「どう?」
 顔を離して、暖野は言った。「今のこと、ちゃんと言える?」
「甘い」
「他は?」
「分からない」
「数字で言える?」
「……」
「先生は、心理学でも数字で教えてくれた? 計算方法は? 私、少ししかいられなかったから知らないけど、そういうこと習った?」
「いや、それはない」
「今度、訊いてみたらいいわ。私が訊けないのが残念だけど」
「それは、明日にでも訊けば」
「馬鹿」
「何故だ」
「そんなもの、ないからよ」
「そんなものとは?」
「人の想いを数字でなんて表せないってことよ」
「……そうなのかもな」
「そうなのよ。だって、私だって全然分からないんだもん」
「お前は、俺よりも優秀なのにか?」
「そんなことじゃないよ。私、普通だよ」
「普通か……」
「そう。だから――」
 暖野はもう一度、フーマに唇を寄せた。
 その時、リーウはちょうど戻って来たところだったが、ふたりの会話が漏れ聞こえてきて、扉からそっと手を離した。今は立ち入るべきではないと、彼女は廊下を自室へと戻ったのだった。

 最後の夜だと言うのに、暖野は何を話していいのか分からなかった。茶化して囃し立てるリーウもいない。フーマは黙りこくったまま暖野を見つめるばかりだ。
 ビークルの最終便前にフーマが帰ろうとした時、暖野は特に何の考えもなく引き止めた。いてほしい、でも、そのあとどうするのかまでは考えが及ばなかった。
「お前、寝なくてもいいのか?」
 フーマが言った。
「寝たくない」
「だろうな」
「だって、もう最後だし」
「まだ、明日があるだろう?」
「明日があれば」
「あるに決まっている」
「そうね」
 ふたりはずっと、寄り添ったままだった。
「俺にはまだ、お前がいなくなるということがよく分からない」
「そう……」
「俺の世界では、目の前からいなくなっても、呼び出すことは出来たからな」
「データとしてね」
「ああ。だから、目の前から一人の人間が完全にいなくなるというのが、どうも実感できない」
「それは、いま分からないといけないこと?」
「否応なしに分かるということか」
「そうよ」
「残酷だな。俺が言っても仕方がないが」
「分からないよりも、分かった方がいいんじゃない?」
「分かりたくなくてもか」
「うん。無理矢理そうなってしまうんなら、分からないままよりはずっといい……と、思う」
「やっぱり、お前はお前だな」
「名前を呼んで」
「ああ、暖野」
「うん」
「暖野。俺はお前に出会って、初めて自分が何も知らないということを知った」
「最初から、何もかもお見通しみたいなこと言ってたくせに?」
「俺は、暖野のことは何も知らない。ただ、ポテンシャルは感じられた。だが、お前――暖野を知れば知るほど分からなくなった。お前のことも、俺自身のことも」
「私は、私のことも分からないわ。だから、フーマのことも分からなくなって怒ったりするのよ」
「ああ」
「分からないって、嫌」
「そうだな」
「どうやったら、分かるのかな?」
「さあ……」
「そうよね」
 暖野は寂しく笑った。「フーマの時代でも分からないんだから」
「すまない」
「なんで謝るのよ」
「俺達は、何か重大なものを棄ててしまったような気がして」
「かもね。フーマの話を聞いてると、そんな気がする」
「分かったり分からなかったり、ややこしいんだな」
「そうね」