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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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12. 迷いと答え


「ねえ」
 暖野は言う。「フーマって、どこまで私たちのこと、分かってるの?」
 私たち――暖野とリーウ、そして、フーマと暖野。
「俺には、何も分からない」
「分からないのに、無理やり引き止めたの?」
「……」
「ねえ、どうして、そんなにあやふやなの?」
「あやふや?」
「そうよ。強引だと思ったら、適当だし」
「俺は、適当に言っているつもりはないが」
「そうかも知れないけど」
 暖野はストローで乱暴にグラスをかき回す。
「お前は、何が不満なんだ?」
 改めてそう聞かれると、暖野もどう答えていいか分からない。
「不満とかじゃなくって」
「では、何なんだ?」
「何って――」
 そんなの、分からない――
「あまり深く考えるな」
 フーマが手を添えようとしてくる。
 暖野はそっと手を引っ込めた。
「フーマこそ、もっと考えてよ」
「何をだ?」
「色々よ」
「色々とは?」
「色々」
「ふむ」
 フーマが宙を睨む。
「ねえ」
 暖野は言う。「フーマって、何かをちゃんと考えたことってあるの?」
「俺は、いつも考えてはいるが」
「何を?」
「お前のことだ」
 真っ直ぐに暖野はフーマの瞳を見る。
「信じられない」
「何故だ」
「こういう時に、そんなこと言うのって」
「だから、何故だ」
「誤魔化さないで」
「俺は、誤魔化してなどいない」
「じゃあ、リーウのことは、どうなのよ?」
「……」
「ほら、何も考えてないんじゃない」
「それは違う」
「どう、違うのよ」
「あいつは――」
「リーウは、私の親友なのよ。私と一緒にいるようにって、フーマだって言ったじゃない」
「それは……」
「それは、何?」
「済まない。どう言ったらいいのか……」
「もう、いい」
 暖野は席を立った。
「どこへ行く?」
「知らない」
「待てよ」
「待たない」
 引き止めようとするフーマを今度こそ押し切って、暖野は席を離れた。
 行く当てもない。フーマの言ったように、今はリーウに合わせる顔もない。ただやみくもに校舎から遠ざかる道を進んだ。
「あれ……?」
 いつの間にか、知らない場所に来ていた。
 こんな所、あったっけ――?
 暖野は周囲を見回す。
 別段、変わったところはない。学院内で訪れたことのない場所など幾らでもあるはず。むしろ、知っている場所の方が少ないくらいだ。
 目の前には静かな水を湛える湖、そして背後には濃緑の森。森の木々は、まだ花をつけてはいない。
 柔らかな風が吹いている。遠くにはなだらかな山並みが見えた。
「どうしたの?」
 声がして、暖野は慌てて振り返る。
 そこには、以前に学校裏の丘で会った女生徒がいた。
「あの……」
 どう答えていいものやら、暖野は言葉に詰まる。
「迷ってしまったのね」
「ええ、まあ……」
「こっちに、いらっしゃい」
 誘われるままに、暖野はその女生徒の方に歩み寄る。
「誰にも、迷いはあるもの」
「はぁ……」
「それ自体は、悪いことじゃないわ」
「そう……なんでしょうか」
 この人は、どうしてこんなことを言うのだろうと、暖野は訝しんだ。だが、女生徒の方はそんなことなど一向に気に留めていないようだった。
「迷うから、出口を探すんでしょう?」
 まるで、何もかもお見通しのような言い方だった。
「それは、そうですけど」
「迷わなければ、探そうなんて思わない」
「でも、迷わなかったら、出口なんか探さなくたって――」
「迷って、探して、どうやったら出口が見つかるのか考えて、それが間違っていたらどうしようかと悩んで」
「……」
「間違っていたら、どうしたらいいのかまた考えて」
「あの……」
 暖野は、その女生徒の真意を問おうと口を開く。だが、目線だけで静かに制せられてしまった。
「人はね、分からないから考えるのよ」
「はぁ……」
「だって、最初から全部分かってたら、何も考える必要なんてないでしょう?」
「そう……ですよね」
「あなたが今どうすべきか考えなさい。それが、きっと答え」
「考えることが、答えなんですか?」
「あなたには、分かっているはず」
 また、これだと暖野は思った。マルカもフーマもイリアンも、まるで暖野が最初から全部分かっているかのように言う。
「疑わないで」
 女生徒が言う。「あなたの心に湧き上がることは、あなたにとっての真実」
「あなたは一体……」
「私は、あなたがここにいるのを、たまたま見つけただけ」
「以前にも、お会いしましたよね?」
「ええ」
「あなたは……」
「アルナ。アルナ・リリアス」
 そう、確かそう名乗っていた。
「アルナ、さん?」
「信じて、今は――」
 アルナが暖野を引き寄せ、その頭頂にキスをした。
 この感じは、ずっと前にも経験したことがあるように、暖野には思えた。
 その身を離し、アルナが数歩後ずさる。
「えーと……」
 何か言おうとしたが、暖野は上手く言葉に出来なかった。
「また、いつかどこかで会うかも知れない。その時は――」
 だが、アルナはそこで言葉を切って、軽く頭(かぶり)を振った。「私は、もう行くわね」
 去ってゆくアルナを、暖野は発すべき言葉を失くしたまま呆然と見送るばかりだった。
 自身でも頭を振り、湖の方を向く。
「あれ? ここは……」
 そこに、湖はなかった。目の前にあるのは、前にリーウと一緒に来たことのある池だった。水辺の四阿(あずまや)の形や樹々の向こうに見える建物にも見覚えがある。
 もしやと思い四阿へと行ってみたが、そこにリーウの姿はなかった。
 暖野は一人、そこに腰を下ろして、池の方を眺める。
「考えろ、ったってね……」
 リーウのこと、フーマのこと、そして自分自身のこと。何もかもが中途半端な気がする。
 遠くに視線を投げる。
 こうして広い場所にいると、あの場所からの影響がよく分かった。岸の向こうとこちら側とでは、明らかに花の濃さに違いがある。
 このままではいけない――
 でも……
 こんな風に、一人で何かを考えるのは久しぶりかも知れない、と暖野は思う。
 いつも傍に誰かがいてくれて、ここでは夜でさえリーウが放してくれない。それはとても有難いことだったが、たまにはこうして一人で考えごとをする時間があってもいいと思った。
 ただ、それは今でなくても出来る。むしろ、今であってはいけないのかも知れない。向こうに戻れば、自分の時間など幾らでもある。
 だが……
 マルカ、トイ――
 考えまいとしても、あの最後の瞬間のトイの眼の印象が襲ってくる。
 私、まだ戻る覚悟も出来てない――
 そう。マルカ一人に押し付けておくわけにもいかない。かと言って、またあの環境に身を置きたいとは決して思えなかった。
「もう。どうして、私ばっかり……」
 そう、私ばっかり――
 気づくと、もう夕暮れの風が吹いていた。
 その風に乗って、甘い香りが流れてくる。嫌が応にも現実を知らしめる花の薫り。
 暖野は立ち上がる。実際には、ここにいた時間はそう長くはないはずだった。元いたテーブルの所まで戻ると、そこにはまだフーマが一人で座っていた。
「何してるの?」
 暖野は訊く。
「お前を待っていた」
 フーマが座ったまま、顔を上げて言う。
「どうして?」
「理由が必要なのか?」