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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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「馬鹿ね。また夜に話せるじゃない」
「そうだけど」
「今は、体力回復に専念しな」
「うん、有難う」
 話しているところへ、白衣の女性が入って来て声をかけた。
「ノンノ・タカナシさん。これよりあなたを担当させて頂くキナタ・マンヴェールと言います」
「担当?」
 暖野は何のことか分からずに訊く。まだ明日のために、しなければいけないことが多くあるのだろうかと。だが、そうではなかった。
「はい。当初の予測より、あなたのマナ減衰速度が速まっているようなので、付き添うように言われています」
 暖野は、フーマを見る。
 フーマがその目線を受け止め、黙って頷く。
「大丈夫ですよ。明日の刻限までは何としてもあなたをお守りするよう仰せ使っております」
「私、そんなに酷いの?」
「ああ。良くはない」
「さっきの話」
「そうだな」
「私のことなんでしょ?」
「……」
「言ってよ」
「ああ」
 フーマはしばし宙を仰ぐ。「実際のところ、お前のマナは極限状態だ」
「うん。そうかもね」
「だが、明日刻限までは何とか保たせる。学院長の特命だ。だから、お前は心配しなくていい」
「それって、安心していいのかどうか、分からないよ」
「そうだな」
「どのみち、私はいなくなるのよね」
「いなくなりはしない」
「どうしてよ」
「お前は、お前だからだ」
「また、それ」
「お前がここからいなくなっても、お前自身が消えてしまう訳ではない」
「それはまあ、そうだけど」
「マーリ」
 フーマが、リーウの方を見る。「お前も、何か言ってやれ」
「私が?」
「そうだ、お前がだ」
「うん……そうね。私は忘れないから」
「うん」
 暖野は微笑んだ。
 かつての友、誰もがその存在さえ忘れてしまったルーネアをただ一人記憶に留めていられる彼女を、疑う理由はなかった。
「タカナシさん、もう大丈夫ですよ」
 担当と言ったマンヴェールが微笑む。
「はい。ありがとうございます」
 暖野は起き上がった。随分と体が軽くなっているように感じられる。「えーっと、マンヴェールさん?」
「はい」
「私に、ずっとつきっきりなんですか?」
「そうでもないですよ。個人的な事柄については尊重します」
 個人的な事柄――プライベートと言われては、暖野も少々気恥ずかしさを覚えずにはいられない。
「どうか、これまで通りに普通にしていてくださいね。ただ、あまり激しい運動はしないよう心掛けてください」
 暖野の様子を見て、マンヴェールは付け加えた。
「分かりました。気をつけます」
 言いながら、何をどう気をつけたらいいのだろうかと暖野は思う。
 フーマに助けられて、暖野はベッドから降りる。もうさっきのように、ふらつきはしなかった。
「大丈夫?」
 リーウが訊く。
「うん。ありがとう」
「歩けるか?」
 フーマが、身体を支えてくれる。
「大丈夫。ありがとう」
 医務室を出て、三人は食堂へ向かう。普通、点滴を受けると空腹は憶えないものだが、マナ補給はどうもそうではないようだ。昼のカレーは暖野には辛すぎて、ほとんど食べてはいなかった。それも倒れかけた原因なのだろうと暖野は思った。
 時間的にも中途半端なため、軽くスナックと飲み物だけにして、オープンスペースに席を取る。
 ここから見る校舎の外壁には蔦が這い始め、つぼみもちらほらと見えている。
 やっぱり、そうなのかと、暖野はため息をつく。
「あのね、リーウ」
 大体のことは聞かされてはいても、リーウはこの現象の詳細までは知らないはず。「もう気づいてるとは思うけど、これは私のせいなのよ」
「これって?」
「ほら」
 暖野は校舎の方を目線で示す。「もう、何が変なのか気づいてるでしょ?」
「前は確か、なかったよね? いつの間に?」
「私のせいなの」
「お前のせいではない」
「ノンノのせいって?」
 フーマとリーウが同時に声を発する。暖野はフーマを制して、事情を話し始めた。もちろん、事の核心は上手く避けるようにして。
「えーっと――」
 リーウが困惑したように指を宙でくるくると回しながら言う。「じゃあ、ノンノとフーマがお互いに好きだって思えば思うほど、ここはジャングルになるってこと?」
 その言い方に、暖野は思わず吹き出す。
「何よ。私、変なこと言った?」
 リーウが顔を歪める。
「だって、ジャングルだなんて」
「そうじゃないの。ほっといたら、そこら中全部草だらけ花だらけになるんでしょ?」
「ん……まあ」
 それは、確かにその通りだった。
「フーマ。あんたはノンノの彼氏なんだから、何とか出来ないの?」
「リーウ、それは――」
「済まない。これはもう、どうにもならない」
 フーマが素直に謝る。
「優等生の名折れね」
「リーウ、それはちょっと言い過ぎだよ」
「彼氏なら、ちゃんとノンノのこと守れないでどうすんのよ、この馬鹿! ノンノもノンノよ。こんな男のせいで、追い出されることになったのに、何よ!」
 そう言い置いて、リーウは去って行った。
「ちょっと、リーウ!」
 急いで追おうとする暖野の腕を、フーマが掴む。
「放してよ」
「待て」
 いつもなら、行ってやれと言うはずのフーマが、何故か強く引き止める。
「どうしてよ」
「落ち着け」
「また、そうやって何もかも分かったみたいに」
「いや、分からない」
 フーマが言う。「だが今は、何を言っても無駄なように思える」
「でも――」
「いいから、座れ」
 掴まれた腕の力が強すぎて、振り切ることも出来ないまま暖野はフーマを見下ろす。
「座れと言っている」
 フーマが繰り返す。
「私に命令するの?」
 互いに黙ってにらみ合う。
「後で、ゆっくり話してやれ。あいつも今は昂っている」
 それは、そうかも知れなかった。
 そして、自分自身も。
「お前も一人になりたいなら、行けばいい」
 なおも暖野は立ち尽くしていたが、そうまで言われると無理にまで手を振りほどく気力を無くしてしまった。
「ホントにずるい」
 暖野はため息と共に、腰を下ろした。