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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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10. 最後の授業


 教室の扉を開ける。
 暖野の姿を認めて、室内の空気が一瞬にして変わってしまう。
 でも、暖野は分かっている。以前のような、避けるような感じではないということを。誰もが自分たちに憐れみの気持ちを抱いている。どういうふうに接したらいいのか分からない。だから、みんな黙ってしまう。
 そんな雰囲気の中で、違和感を感じさせるものがあった。
「アルティアさん!」
 暖野は声を上げた。
 教室の中央、その席にアルティアの姿を認めて、暖野は駆け寄った。
「もう、大丈夫なんですか?」
「ごめんなさいね。心配かけて」
「いえ、そんなことはいいんですけど」
「もう、大丈夫。ありがとう」
 アルティアが微笑む。
 その時、始業の鐘が鳴った。
「この時間、教科は何か知ってます?」
 暖野は訊く。この学校のスケジュールについては、この期に及んでも解っていない暖野だった。
「今日は実習は無し。倫理と、心象。あとはまだ知らされてない。今日は特別スケジュールだから」
 聞かされて、暖野は自分の席に着く。
 行ったことはないけが、ドラマやアニメで見た大学の講義室のような教室、大げさな名前の割にはオーソドックスな設備、あくまでもありふれたクラスメイト達の仕草。魔法学校だと聞かされたときの驚きとはよそに、不自然過ぎるほどに自然な雰囲気。
 少し汚れた壁、煤けたような腰板、誰かが残した落書き。よく見ると、暖野のがいた現実世界と変わらない、いや、それ以上のリアルさでもって、ここに自分が存在していることを実感させてくれる空間。
 教師が入って来る。
「起立!」
 久々に、アルティアが張りのある声を上げる。
 かつてのように、教室内の皆がその号令に従った。
 こうして、暖野にとっての最終日の授業が始まった。
 教師は、あくまでもいつも通りに授業を進めた、誰をも特別扱いすることなく、特別な授業というわけでもなく、ただ教科書に書かれたことの説明と理論展開、生徒との質疑応答。
 暖野にとっては、それが有難かった。学べること、そして、普通であることが。
 授業が終わった後、暖野はアルティアを呼び止めた。彼女はちょうど、教室を出ようと扉を開けるところだった。
「アルティアさん」
「ああ。タカナシさん」
「あの……ごめんなさい」
 暖野は言う。
「どうして? 謝らないといけないのは、私の方なのに?」
「でも――」
 言いかける暖野を留めて、アルティアが微笑む。
「私ね、あの後、色々と考えてみたのよ」
「あの後って……」
「お見舞いに来てくれたでしょ?」
「ええ」
「あそこにいる間、訪ねて来てくれたのは、あなた達ふたりだけだったのよ」
「そうだったんですか?」
 あの日の後、医療院への道は花で閉ざされてしまったはず。ということは、それ以前にもアルティアを見舞った人はいなかったのだろう。
 学院側が制御して、今は往き来が可能になっているのだとは聞いていた。
「あの時は取り乱してしまったけれど、あなたのおかげで助かった」
「私、何もしていませんよ」
「そんなことないわ。私はあなたに勇気づけられた。それに、久しぶりにゆっくりと考える時間がもらえて分かったの」
 アルティアが暖野の目を見る。「私はもっと、しっかりしないといけないって」
「はぁ……」
「級長としてもそうだけど、自分自身のことに責任を持てるように」
「ええ」
「じゃあ、私は行くわね。タカナシさん、ありがとう」
 背筋を伸ばし、颯爽と歩いて行くアルティアを見送る。
「回復して、良かったな」
 フーマが背後から声をかける。
「うん」
 こうして、学院は日常を取り戻してゆく。束の間の日常を。
 暖野が授業に出るのは、今日が最後。明日は舞踏会のための休みだった。そして、その後は――
 自分のいない日常が繰り広げられてゆく。
 教室内は仄かに甘い香りに満たされている。その原因は、分かっている。
 そろそろ鐘の鳴る頃だった。暖野は自分の席に戻る。
 窓外の光景。
 樹々が花をつけ始めている。溢れるマナは少しずつ、しかし確実に域内に拡がっている。冷酷で美しい花群、痛ましくも残酷な甘い香り。
 だが、いつまで経っても鐘は鳴らなかった。室内が騒がしくなった頃、ようやく鐘音が学内に響いた。
 そこへ、アルティアが戻って来る。
「みんな、すぐに大講堂に移動して!」
 同時に学内放送が流れる。
――全生徒に告知。本日これよりの授業は大講堂にて行われます。至急大講堂に集合してください。全生徒に向けた特別講義となります。必要なものを所持し、至急大講堂に集合してください――
「何なんだろう? えらく急ね」
 リーウが言う。
「特別講義って……」
「しかも全生徒合同なんて」
「必要なものって、何を持って行けばいいのかな」
 暖野が鞄の中を見る。
「全部持ってけば、間違いないんじゃない?」
「教科書は必要ないので、筆記具だけ持って行ってください!」
 アルティアが声を張り上げる。
「だってさ」
 リーウが肩を竦めた。
 大講堂は暖野がこれまでに見たこともないほどの生徒達で溢れていた。現実世界での高校の生徒数には遥かに及ばないまでも、こんなに多くの生徒がいたことに改めて驚かされた。
 机こそないが、椅子が整然と並べられ、クラスごとに席が割り当てられている。席順は特に指定されなかったため、暖野の両脇にリーウとフーマが掛けることになった。離れた所に座ろうとするリーウを、暖野が引き止めたからだ。
 全員が講堂内に集まった頃合いで、壇上に一人の人物が上る。
「学務部長だわ」
 リーウが言う。
「諸君、急なことで誠に申し訳ない」
 学務部長が話し始める。「本来の授業を中断してまで、諸君にここに集まってもらったのは、外ならぬイリアン学院長の意向による。諸君も知ってのとおり、明日は全学休講となる。そして、本日の授業は午前まで。であるからして、已む無くこのようなかたちをとらせてもらった。後は、院長ご自身で語られるそうなので、皆は心して聞いてもらいたい」
 学務部長が舞台袖に向かって一礼すると、学院長のイリアンが姿を現した。
「あー、諸君」
 舞台中央で頭を下げた後、イリアンが声を上げる。「突然のことで誠に申し訳ない。私の思いつきに君たちを巻き込んだことを、まずはお詫びする」
 そう言って、イリアンは再び深々と頭を下げた。
「諸君も知っての通り、当特殊統合科学院は自由意志を尊重し、かつそれに基づく存在の育成を目的として設立された。従って、特定の在学期間は設けず、個々の者が責任をもってその自由意思に委ねられるだけのものを獲得した時点で修学となっている。今回、君たちに急遽ここに集まってもらったのは、当院と君たちの存在意義について再考してもらうためでもある」
 ひと呼吸おいて、イリアンが語り始めた。
 イリアンの講義。
 それは確かに講義ではあった。だが暖野には、入学式か卒業式のようにも感じられた。作られたお仕着せの式典ではなく、学院長としてのイリアン自身の言葉で語られた決意表明とその確認。いつかここを離れる全ての生徒たちに向けた言葉。そして、その中で一番早くここを去らねばならない暖野に向けての。