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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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9. それは友のような


 朝だった。
 カーテン越しに外の明かりが差し込んでいる。
 そして、相も変わらずの重み。
 またしても、リーウは暖野のベッドに潜り込んでいた。暖野は下段、リーウは上段。寝るときはそれぞれ自分の寝台に入っていたはずなのに。
 暖野は枕元に置いた時計に手を伸ばす。
 まだ随分と早い時間だった。
 肩にのしかかる腕を解いて、暖野は起き上がり、窓際に寄る。カーテンを少し引き開けると、まだ明け方の蒼みを残した庭が見えた。
 薄く靄がたなびく林は、現実世界でのワンゲル部の合宿の朝を想起させる。あるいは、中学の時の林間学校の時――
「あ――!」
 暖野は思わず蹲(うずくま)る。
 え? 何――?
 何――?
 自分の奥底、どことも知れぬ自分自身のどこかから湧き上がってくる恐怖に、暖野は身を屈めてしきりに頭を振った。
 嫌――!
 嫌――!!
「どうしたの?」
 肩に置かれた手の感触に、暖野は顔を上げる。
「リーウ……」
「何か、嫌な夢でも見たの?」
「ううん、そうじゃない……けど――」
 言い淀む暖野に、リーウが言う。
「顔、洗って来なよ」
「うん……」
 暖野はゆっくりと立ち上がる。「ありがとう」
 廊下に出る。まだ時間が早いために、誰もいない。まだ夜も明けきっていない。
 朝の水は、山の湧き水と変わらないくらいに冷たかった。
 鏡に映る自分の顔を見る。酷い顔をしている。泣きはらしたわけでもないのに、眼が真っ赤だ。
 これでは、リーウも気を遣うはずだ。
 二、三度頬を叩いて気合いを入れる。
 なんでもない。大丈夫――
「よし」
 暖野は鏡の中の自分に言って、部屋へ足を向けた。
「どう? すっきりした?」
「うん。でも、どうしたの?」
 朝にはめっぽう弱いはずのリーウがすでに制服に着替えている。
「変?」
「変って言うか――私より先に着替えてるなんて……」
「あ。思いっきり馬鹿にしてるでしょ? 私がここに来てから遅刻したのって、一回だけなんだからね」
「え? それって――」
「あんたのせい」
 リーウが、暖野の目の前で指を振る。
「う……。ご、ごめん」
「謝んなくていいよ。それより、私も顔洗って来るから、さっさと着替えておきなよ」
 言葉を返す間もなく、リーウは部屋を出て行った。
 はぁ……
 暖野は息を吐く。
 そして、壁に掛けてある制服に手を伸ばした。
 明日は休み。もしかしたら、この制服を着るのも最後かもしれない。
 その気になれば、明日も制服は着られるのだろう。だが、明日がどうなるのかは分かりようもない。
 姿見に自分の制服姿を映しながら、写真屋でこの格好も撮ってもらえばよかったと、暖野は思った。
「お待たせ」
 リーウが戻ってくる。「朝ごはん、行こう」
 暖野は気持ちを切り替えて、リーウに従った。
 いつもの朝食バイキング。現実世界ではあり得ない、簡素ではあるけれど充実した朝食。もちろん、家族と共に食べる朝食もいい。けれど、気心の知れた友だちと食べる朝食は、また格別だ。とりわけ、向こうの世界でのものに較べたら、その安心度は計り知れない。
 リーウと共に他愛のない会話をして、誰かが用意してくれた美味しい食事を何の気がかりもなく食べられるのは幸せだと、暖野は身にしみて感じた。
 食事を終え、リーウと共に寮の玄関を出た所で、暖野は足を止める。
「暖野」
 フーマが歩み寄ってくる。
「あ……。迎えに来てくれたんだ」
「あらま。私はもうお役後免ってことね」
 リーウがおどけて見せる。
「ちょ、ちょっと」
「いいよ。どうせまた教室で会うんだから」
 そう言って、リーウは一人早足に去って行った。
「どうも、俺がいると良くなかったようだな」
 リーウの後ろ姿を見ながら、フーマが言う。
「そう?」
「マーリも、お前の友だろう? あいつは、あいつなりに辛いはずだ」
「うん……」
「どうも俺は、時宜を見計らうのが苦手らしい」
「そんなことないよ」
 言いながら暖野は、確かにそうなのかもと思ってしまう。
「今日は、あいつに付き合ってやれよ」
「ん……。でも、昨日の晩もずっと喋ってたし」
「そうか」
「うん」
「お前も大変だな」
「他人事みたいに」
 暖野は上目遣いにフーマを睨む。
「そうだな」
「そうよ」
 フーマが遠い目をする。
「今日は、出来るだけあいつのそばにいてやれ」
「フーマは、それでいいの?」
「……」
「三人一緒に――ってなわけには、いかないか……」
 もしこのまま、この学院にいられたら、いつかそうなることもあったのだろうかと、暖野は考える。リーウにも彼氏が出来て、一緒に冷やかしあって、そんな日が来たのだろうかと。
「朝食は済ませたんだな」
 フーマが訊く。
「うん」
「何か、飲んで行くか?」
「うん」
 ふたりは食堂でそれぞれ飲み物を手にして、屋外へ出る。
 もう、ふたりは学院では有名人だ。あまり人目にはつきたくない。それとも逆手にとって、堂々としていればいいのだろうか。
「あれ?」
 木立の陰に、見慣れた姿を見つけて、暖野は声を上げる。
 このエリアで一番目立たないであろう場所に、ひとり座っているリーウがいた。
「行ってやれよ」
 フーマが促してくれる。
「うん」
 暖野は、リーウのいる所まで行く。駆け寄るでもなく、ごく自然に。
「リーウ?」
「ん? ああ」
 驚いたように、リーウが暖野を見る。どうやら暖野が近づいて来たことにすら気づかなかったようだ。
「ひとり?」
 暖野は訊く。
「見たらわかるでしょ」
「ねえ」
「何よ」
「こっちに来て」
 暖野はリーウの手を取る。
「私、今はそんな気分じゃ――」
「来て」
 半ば強引に手を引き、リーウを立たせる。
 そして、フーマの待つ席へと戻った。
「あのね……」
 リーウが言おうとする。
「友だちでしょ?」
 暖野は言う。
「う……うん。それは、まあ――」
「私はね、どっちも大事なの」
「ん……、まあ――」
「だから、どっちかなんて、上手く選べないのよ」
「えーと、それは……」
「とにかく、座ってよ」
 無理やりにリーウを座らせる。
「邪魔じゃないの?」
「邪魔なら、呼ばないわよ」
「ま、そっか」
 リーウが幾分砕けた笑みを浮かべた。
「ほら、フーマも何か言いなさいよ」
 暖野はフーマに向き直る。
「ああ。まあ……」
 口ごもりながらも、フーマが言う。「お前も、一応は友のようなものだから」
 その口調に、リーウが笑う。
「何なのよ、それ? 友みたいなものって――」
 言っているうちに、笑いが止まらなくなったようだ。「馬鹿じゃないの? みたいなって――あはははは!」
 まあ、確かにそうだ。
 友だちじゃなくて、友だちみたいなもの。その曖昧さを至極真面目くさって言われたら、笑わずにはいられない。
 暖野もつられて笑い出す。
 ひとり訳が分からずに、フーマだけが仏頂面なままだった。
「ほんと、フーマったら!」
 暖野は彼の背中を叩く。
「俺は、何かおかしなことを言ったのだろうか?」
 それを聞いて、暖野とリーウは更に笑いが止まらなくなったのだった。