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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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 地上にいた時とは比べものにならないほどの強風に晒される。なるほど、これでは発電に風車が役に立つはずだ。
「風が強いな。暖野、これを知っていたのか?」
「まあね。前にも、こういうことがあったから」
 言いながら、暖野は遠くに視線を投げる。
 眼下に広がる市街、街から延びる道、風車の丘、その向こうの学舎。反対に目を転じると、幾つもの丘の連なりが見えた。点在する家々や畑、何もない荒れ地。
 それでも、やっぱり――
「……広いね」
 暖野は言った。
 本当は、綺麗と言いたかった。だがそれは、あまりにも陳腐な表現に思えた。
 広さなど、前の世界で幾らでも体感していたはずなのに。
 世界は広い。
 ここから見えていない遠くまで、世界は広がっている。
 この世界も、時間も、どこまでも。

 帰りのバスの中、暖野は出来上がった写真を見ていた。店主は自分とフーマの分の二組を簡単なアルバムに仕立ててくれていた。
 暖野はその中の一枚の写真を見て、また微笑んでしまう。
 それは、不意打ちで撮られたあの写真だった。これについては、店主はお金を取らなかった。写真家として、撮らずにはいられなかったという理由で。
 その写真の中の暖野は、これまで撮ってもらったどの写真よりも恥ずかしそうに、そして自然に微笑んでいた。そう、子どもの頃の何気ない一場面を写したもののように。ただ、暖野自身はそうとは気づかず、気恥ずかしさを覚えるだけだったが。
 バスは間もなく学院正門前に到着しようとしていた。
 二人を降ろしたあと、バスはすぐさま転回して街の方へと走り去った。
 門衛に生徒証を見せ、ふたりは校舎の方へと歩く。正門から校舎まで、さらにその向こうの寮までは距離がある。足元を確認するのに不自由しない程度の明かりが灯された舗道を二人は進む。
「デート」
 歩きながら、暖野は言った。
「デート?」
「こうやって、どこかへ行ったりすること」
「ふむ」
「フーマは、楽しかった?」
「……」
 フーマが空を仰ぐ。「楽しかったのかどうかは分からない」
「じゃあ、楽しくなかった?」
「それも……分からないな」
「何よ、それ」
「暖野こそ、どうだったんだ?」
「私? そうね……」
 逆に訊き返されて、暖野もまた空を見る。「半々かな」
「半々?」
「うん。私も、よく分からないから」
「難しいんだな」
「そうね」
 少し前までは一緒にいられるだけで、あれほど嬉しくて楽しかったのに、いざデートに行くとそうでもない。
 期待し過ぎだったのかな――
 でも、必ずしもそうではないだろうと、暖野は思う。色々と考えさせられることが多すぎた。特に、あの人形劇。そして写真屋でのこと。
「そうだな……」
 フーマが言う。「楽しかったかどうかは分からないが、お前といられるのは――」
「うん」
「上手くは言えないが」
「うん」
「やはり、安らぐ、と言えばいいのだろうか」
「そっか」
 暖野は、ふっと息を吐いた。
「何かおかしなことを言ったか?」
「ううん。……たぶん、そうかなって思って」
「お前もか?」
「変な気分」
「そうだな」
 わざわざ町まで行って、何をしたんだろうと、暖野は思う。
 朝方、あんなにも行きたがっていた町。フーマとの初デート。生まれて初めてのデート。こんな気持ちを抱えるくらいなら、いつものように学内の庭で話していた方が良かったのではないか。
 でも、手元にある写真や、今日感じたことは、学内にいては経験できなかったはずのことだった。そして、もし今日のデートをキャンセルしていたら、一生後悔することになっただろう。
 やらなくて後悔するより、やって後悔する方がまだいい。場合にもよるのだろうが、今回の場合はどのみち後悔するのなら、これで良かったと思うしかない。
 もう日が暮れているというのに、校舎の明かりは全て消えているわけではなかった。校舎脇の道も、窓から漏れる明かりで、他の場所よりは明るい。こんな時間まで授業をやっているのでもないだろう。それでも灯りが点いているということは、そこに人がいる。それに、すぐ隣を歩調を合わせて歩いてくれる人がいる。
 夜道とは言え、暖野は心細さを感じることはなかった。
 ふたりは女子寮の前に着く。
「じゃあ、俺はここで」
 フーマが言う。
「どうして?」
「たまには、ひとりで夜の風に当たるのもいいかと思ってな」
「そんなの、私がいなくなったら……」
「暖野」
「うん……」
「寂しいのか?」
「……当たり前じゃない」
 だが、時計を見ると、ビークルが来るまでそんなに時間は無かった。
 夜ではあったが、ふたりは人目を気にして木の陰で抱擁を交わす。どうせ、明後日にはここを去らねばならない。人の目などどうでも良さそうなものなのに。
 道を照らすライトが近づき、寮の前にビークルが停まる。
「おやすみなさい」
 乗り込むフーマに、暖野は手を振った。「今日は、ありがとう」
「ああ。お前こそ、ゆっくり休め」
 去ってゆく灯火が見えなくなるまで、暖野はそれを見送っていた。
 樹々の向こうに灯りの残滓が消えてしまってから、暖野は寮に入った。今日は、冷やかしてくるリーウの姿もない。寮監に帰寮を報せて、暖野は自室へ向かった。
 鍵を開ける。
 真っ暗なのを予想していた暖野は、明かりが点いているのに驚いた。
「おかえり」
 リーウだった。
「リーウ! もう大丈夫なの?」
 暖野は駆け寄る。
「あはは。大丈夫も何も、余分にマナもらったせいで元気過ぎよ」
「よかった」
「ノンノこそどうだったのよ。楽しかった?」
「う……うん。ありがとう」
「あんたって、嘘つくのが下手ね」
「嘘なんてついてないよ」
「馬鹿おっしゃい。体中に書いてあるわよ」
「そんな……」
 顔に書いてあるというなら分かる。でも、さすがに体中ということはないだろう。
「さあ。どうしようか?」
 リーウが言う。
「どうって?」
「ご飯にする? お風呂にする? それとも――」
「って、そういうの、どこで覚えたの?」
 あまりにもベタな言い方に、暖野は呆れる。
「え? ご飯まだなら一緒に行こうってだけだよ。汗かいたんならお風呂が先だし」
「あ、そうなの?」
「それ以外に何があるってのよ」
 リーウが、訳が分からないというような表情をする。
「いや……。うん、ちょっとね」
「また、全部済ませて来たとか――」
「そんなこと、ないったら!」
 暖野は全力で否定した。
 本当に、そのどれもしていないのだから。
「ふぅん」
 リーウが言う。「じゃ、まず何するの?」
「決まってるじゃない」
「何よ」
 着替えと言おうとして、暖野はやめる。
「お風呂」
「よし。行こうか」
 リーウは豪快に暖野の背を叩いた。