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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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8. 写真館


 決して人通りは多くなくとも、広い通りに出て暖野は安心感を覚えた。
 大丈夫、ここにはちゃんと人がいる――
 今しがた通り抜けて来た道を振り返ると、そこには確かに街の続きがあった。幻でも何でもない。
「あ……」
「どうした?」
「ここ――」
 暖野の目に入った看板。
「写真屋か」
「うん」
 前にリーウと来た写真屋だった。ふたりは今、その前に立っていた。
「写真、撮ってもらうか?」
 フーマが訊いてくる。
 暖野も、そうしようと思いかけていた。だが、先にフーマが言ってくれた。それが嬉しくて、暖野は自然な笑みを漏らす。
 そう遠くない日、リーウと一緒に来た店。現実世界では十三詣り以来の写真屋のドアを押し開ける。
 最初に、店主から写真のスタイルなどを訊かれた。前はリーウが全てやってくれたが、今回は自分たちで決めないといけない。
 とりあえず、このままの格好で。そして――
 撮影用の衣装に、暖野は純白のドレスがあるのに気づいた。
 いいのかな……?
 フーマの方を見る。だが、彼は気づいていないようだ。こういうところは、本当に鈍感だと暖野は思う。それが男子全般のことなのかフーマだからなのかは、暖野には分からない。
「ねえ、あれ」
 暖野はそのドレスの方を指す。
「あれが、どうかしたのか?」
「いい?」
「お前……」
「ね?」
 暖野はねだるように言ってから、店主に向き直る。「私たち、もうすぐ結婚するんです」
 フーマが驚きの目で暖野を見る。
 それには構わず、暖野は続けた。「だから、どんな衣装がいいのか教えて欲しいんです。それと、練習のために撮影も」
「そうなんですか!」
 店主が大げさに手を打った。「それはおめでとうございます。では、とっておきのをご用意しないといけませんね」
 店主は席を離れて衣装コーナーへと向かう。
「おい。どういうつもりだ?」
「だって……」
「俺たちはまだ――」
「分かってる。でも、かたちだけでも」
「……」
 そこへ店主が戻ってくる。
「これなど、如何でしょう?」
 見せられた衣装は、さっき暖野が気になったものとは全く違うものだった。
 それは、赤いドレスと紺の――制服?
 男性用のそれは、統合科学院の制服そっくりだった。
「結婚式って、白のドレスじゃ……」
「ああ、お二方は他所から来られたのでしたか。――この町ではですね、新婦は赤、新郎は青、そして紫の花束を二人で捧げ持つことで二人の永遠の祝福をあらわすんですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。それぞれ違う者同士が混ざり合い、融け合って新たな色を成すという意味があるんです。それに、紫の花はとても貴重ですからね」
 そうか、そういう考え方もあるのかと暖野は感心した。
 一方的に染めてくださいではなく、一緒に染まりましょうなんて、なんて素敵なんだろう――
 でも、やっぱり純白のドレスには憧れてしまう。
「あの、白いドレスは――」
「白い衣装は、葬礼のものですね」
 いとも簡単に言われてしまう。
 どうしよう――
 暖野は迷う。葬儀の衣装と言われては、喜んで着られるようなものではない。それでもやはり純白のドレスには憧れる。
「私のいたところでは、結婚衣装は男女共に白でした」
 暖野は言った。
「まあ、文化によって様々ですからね。どうしてもと仰るなら、お見立てしますよ」
「ええ。お願いします……」
 言いながら、暖野は複雑な思いだった。
 葬儀の衣装。それが意味するところ。
 あはは。考えすぎよ――
 暖野は自ら立って、さきほどのドレスを引き出す。
「これを」
「これ、ですか?」
 店主の表情が曇る。
「どうかしましたか?」
「い、いえ……」
「何か、いわくがあるとか」
「いわくとかではないんですけどね。これは……」
「何なんです?」
「未亡人の礼装……なのですよ」
「……」
 そこまで言われてしまっては、さすがにどうしても白がいいとは押し切れなかった。あまりにも縁起でもない。普段なら笑って済ませられたかもしれないが、今の状況ではとても無理だった。
 ふたりは今着ている服装のまま、軽く髪などを整えて撮影してもらうだけにした。
 笑ってと言われても、寂しげな笑顔にしかならない。店主は造花ではあるが紫の花束を暖野に手渡し、ふたりで持つようにと促した。
 そこでやっと、暖野の笑みから翳りが消え、はにかみのそれになる。
 店主はその瞬間を見逃すことなく、シャッターを切った。
「あの――」
 ポーズも何もなく撮られてしまって、暖野は戸惑う。
「とても自然でいい表情でしたよ。じゃあ、次はポーズをとってくださいね」
 そう言って、店主は姿勢や目線を指示し始めた。

 前回のように、写真が出来上がるまで時間を潰さねばならなかった。
 明日もう一度来てもいいようなものだが、あまり気乗りがしない。それに、明日はまだ半日授業がある。出ても出なくてもいいとは言え、受けられる授業は受けておきたいという思いもあるし、暖野は元来人混みが苦手な方だった。
「疲れたのか、暖野?」
 重い足取りに気づいてか、フーマが訊く。
「うん。ちょっとだけね」
「まあ、色々あったからな」
「そうね」
「どこかで休むか?」
「いい」
 写真が出来るのは、鐘一つ半の後。学院寮に戻るのは日没後になりそうだった。
 広場から続く街のメインストリート。目の前には時計塔があった。
「これ、昇れるのかな?」
 暖野は見上げながら訊く。
「結構高いぞ」
「それは平気」
 暖野には部活で鍛えた脚がある。このところ運動不足ではあるものの、他の者よりは脚力には自信があった。
 観光施設として開放されてはいないが、見学は可能ということだった。文字盤直下の足場まで行くことが出来るらしい。多少の寄付金を求められたが、暖野は喜んでそれを支払った。
 塔内の階段を昇ってゆく。途中から、かつて見た灯台の内部のような雰囲気になってきた。鎖が幾つも垂れ下がり、大小の歯車が回転している。外からでは窺い知ることのできない、大時計が時を刻む鼓動。金属と機械だけで織りなされる生命の息吹のようなものを、暖野は感じていた。
「すごいね」
 暖野は言う。
「ああ」
「フーマは、初めてなんでしょ? こんなの見るの」
「ああ。初めてだ。原始的でありながら美しく、かつ無駄がない」
 暖野は笑う。
「何がおかしい?」
 フーマが訊く。
「フーマって、いっつもそうやって観察するから」
「悪いのか?」
「そうじゃなくて。私なんか、ただすごいとしか言えないのに」
「それは、それでいいと俺は思う」
「うん」
「俺はどうも、必要以上のことを言い過ぎる傾向があるのかも知れないな」
「それは――」
 言いかけたとき、ちょうど外へ出る扉の前に着いた。
 考えもなくそれを開けようとするフーマを、暖野は止める。
「待って」
「どうした?」
 高所の風は思いの外強い。
「私が開ける」
 暖野は扉に手をかけた。
 案の定、風圧が感じられる。最初は隙間から強く、そして引き開けるにつれて少しずつ弱まる風。それでもなお吹き込む風は強い。
 暖野が先に出る。