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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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 暖野は身を強ばらせたが、その女性は手を差し出し、握手を求めて来た。恐る恐る手を伸ばし、その手を握る。
 すると、女性は満面の笑みを浮かべて言った。
「最後まで見てくれて、ありがとう」
 暖野は何も言えず、その笑顔を受け止めた。頷くことすらできなかった。それどころか、いかなる反応を示すことさえも。
 何とか動けるようになると、暖野はバッグから財布を出そうとする。
 女性はそれを、人差し指だけで制した。
 でも――
 そう言おうとする言葉さえ封じられて。
 女性は帽子に手をかける。
 それを取った時、暖野の目の前に花束があった。
「十の次」
 女性が言う。
 暖野はそれをただ茫然と受け取る。
「それは――」
 その言葉は、女性の三本の指で押しとどめられた。暖野の唇に充てられて。
 そのまま、女性はフーマの方へ視線を滑らせる。
 そして再び暖野に目を戻し、片目をつぶって見せた。
 暖野はフーマを見る。
 次に前を向いた時、広場には誰もいなかった。
 人形劇の女性や楽器奏者さえも。
 暖野と、フーマだけが質素な特別席に座っていた。
「フーマ?」
 ずっと言葉を発しないままの彼に、暖野は言った。
「ん? ああ――」
「劇、どうだった?」
 暖野は訊く。
 ここで見たものが、幻か何かだったのではないかという思いがあった。一緒にここにいて、同じものを見ていたはずの彼に、それがまさしく現実だったと言って欲しかった。
「よく、覚えていない……」
 暖野の期待を裏切るように、フーマが言う。
「そうなの……」
 言いつつ、暖野もあの人形劇の詳細までは憶えていない。
 ただ、のめり込むように観ていた。人形劇のはずなのに、すぐ眼前で繰り広げられる何かを体感的に観ているように。
「アダムとイヴ」
 暖野は言う。
「原始宗教か」
 それを聞いて、暖野は微かに笑う。彼にしたら全てが原始的で、未熟に見えてしまうのだろうと。
「だが、あれはイヴが先にあった」
 フーマが言う。
 暖野は、フーマの顔を見る。
 そうか、意味をよく解せないまでも、同じものを観ていたのだと。
「イヴは、アダムの肋骨から作られたというが」
「詳しいのね」
「ああ。神が最初に造ったのはアダム、そしてその肋骨の一本からイヴを造った」
 フーマが考える目をする。
 暖野はそれを黙って見つめた。
「アダムの骨から一本を抜く。それは、染色体を一つ抜いたということなのかも知れない」
「え?」
「つまりだ、アダムは元々両性具有だった。その染色体を一本抜くとXY。女はオリジナルのXX。神は最初に男を造ったのではなく、両性具有の神のコピーを造った」
「え? フーマ? いきなり何を言い出すの?」
「お前は知らないのか? お前の時代では、聖書と呼ばれる宗教書があったことを」
「うん、聖書くらいなら、名前は知ってるけど……」
「そこには、はっきりと書かれてある。我は嫉妬する神だと」
「神様が嫉妬するの?」
 言いながら、暖野はメデューサの話を思い出す。
「そうだ」
 フーマが言う。「お前たちの信じていた神は、自身と同じ両性具有では世界は創造出来ないことを悟った。同時に自身と同じ両性具有では、いずれ自身の身を脅かされると感じた」
「え? え――? うん、それ。……え?」
「俺は、宗教はファンタジーだと思っている。だが、そこにも重要なファクターがある」
「フーマ、何を言おうとしてるの?」
「……今のは、偶然だったのか?」
「偶然?」
「ああ。俺たちは、偶然ここへ来て、あの演劇を見たのか?」
「偶然って言うか、私が来たいって言って――」
「ああ、そうだ。あのようなことがあって、それでもなお頑なにここへ来たいと言った。そして、この演劇を見た」
「うん。まあ、それはそうだけど……」
「まあ、いい」
「え? いいの?」
「俺にも、よく分からない」
「……」
 暖野は、さして広くもない広場を見渡した。
 ついさっきまで人々で賑わっていたはずの広場には、いまは人影ひとつなかった。それは、かつて沙里葉で見たような全くの無人の街角のようだった。
 暖野は、隣にいるフーマのシャツの裾を掴む。ここは沙里葉ではない。人も動物も消え去ったわけではない。
 そして、自分は決して孤独ではない――
 人の姿こそ見えなかったが、洗濯物が覗く窓もある。庇でさえずる小鳥の姿も。
 それでもやはり、ここに長居したいとは思えなかった。
 不思議な余韻を残しつつ、暖野はフーマの手を握る。
「行こう。なんだか怖い」
「怖い、か……」
 ふたりは広場を後にした。
「私たち、また怒られるのかな?」
 歩きながら暖野は訊く。
「なぜ、そう思う?」
「うん。ひょっとしたら、私たちはまた時空移動しちゃったんじゃないかって……」
「馬鹿な」
「だって、あの劇の人はどこに行ったの? 後ろにあったはずの屋台もなくなってたよね? そんなの、最初からなかったみたいに」
 フーマが難しい顔をする。
「時空移動というか、夢を見ていたような気はするが」
「やっぱり、フーマもそう思うでしょ?」
「ああ。――だが、夢と時空移動は違う」
 ちょっと待って――!
 暖野は、その言葉に引っかかるものを感じた。
 あれは、確か――
 うまく思い出せない。だが、確かに大事な何かを聞いたことがある気がする。
「どうした?」
 暖野の異変に気づいたフーマが訊く。
「うん、ちょっと――」
「何か気に障るようなことでも言ったか?」
「ううん、そんなのじゃない」
 暖野は無理に笑顔を見せる。
「暖野……」
「ホントに何でもないの。――ね? もっと賑やかなところに行きましょうよ」
 こんな寂しい裏通りにいるから気分が沈んでしまう。
 もっと明るい場所へ。
 人のいる場所へ。