久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下
「だって、私たちのせいで――」
「違うな」
「どう、違うのよ」
「他の奴らのことは知らない。だが、お前はそれには加担していない」
「でも、私もその時代の人間なのよ?」
「その時代の人間だからだ」
「意味、分かんない」
「分からなくていい」
「また、それね」
そう、こんなふうに、いつもはぐらかされる。
「お前は今、お前の時代が与えた影響について申し訳なく思っているのだろう?」
フーマが言う。
「そうよ。だって、私はその時代の人間だから」
「お前がここにいて、それを申し訳ないと思っているのなら、お前には責任はない」
「なんだか、本当に……」
「お前は、お前の時代では人類の代表でも何でもないはずだ。そしてお前はそのことに責任を感じている。ならば、お前には責任はない」
「うん……」
「お前ひとりでは、どうにもならないこともある。一人で抱え込むなと言ったはずだ」
「うん……」
「お前は、全てにおいて真面目過ぎる」
「そんなこと、ないわ」
暖野は言う。
自分は決して真面目ではない。適当で面倒くさがりで……
「お前は――」
「それ」
暖野は指摘する。
「そうだな」
フーマが言い直す。「暖野は、本当に美しい」
「あ……」
「おかしな意味ではない。暖野は美しい」
「……うん……ありがと……」
「初めてここへ来た時も、実習の時も、ワッツと闘っていた時も」
「あれは――」
「お前は、真っ直ぐに立ち向かう。目の前の現実に」
「だって……、仕方ないじゃない……」
「それだけじゃない」
「他にもあるの?」
「あの後、ワッツにも会いに行った。他の誰もがしないことを、お前はやった」
「だって、私のせいなんだし……」
「あれは、お前だけの責任ではない。あの場にいた全ての者の責任だ。俺も含めてな」
「でも、傷つけたのは、私よ」
「そうだな。だから、お前は責任を感じた」
「まあ、そうだけど……」
「暖野」
「うん」
「お前は、逃げないんだな」
フーマが、暖野を見つめる。
「逃げる?」
「そうだ。お前は、いつも逃げない。事態に真剣に向き合い、挑み、そして傷つく」
「……」
「辛かったろう」
憐れみを宿した眼。
暖野はそれに耐えられなかった。
「どうして、そんなことが言えるのよ?」
「助けを求めても、いいんだぞ」
「そんなこと……」
涙が出てくる。
どうして――?
「耐えることだけが、美徳ではないはずだ」
「馬鹿」
暖野は、その胸に頭を預ける。
「ああ、分かってる」
「馬鹿」
「そうだな」
「デートなのに」
「ああ」
「泣かして、どうすんのよ?」
背に、腕が回される。
「泣け。俺がいる」
泣けなんて言われて、泣けるわけないじゃない――
思い切り泣きたい。でも、それは出来ない。なぜなら――
そんなに、簡単に泣いて終われるようなことじゃないから。
何よ、これ――
泣いてもいいのに、泣けない。
泣けと言われたら、なおさらに泣けない。
なんだか悔しくて、泣きたいくらいに悔しいのに、泣けない――
フーマの胸に顔を埋め、暖野は声にならない涸れた息を震わせる。
惨めな呻き、涙の代わりの鼻水。
馬鹿――
馬鹿――
フーマの服で、それを拭う。
私をこんなにさせるのが、悪いんだから――
そっと、頭を撫でられる。
よしてよ、そんなことされたら――
だが、暖野はそれ以上は泣かなかった。
いや、正確には泣けなかった。
そう、泣いてちゃ、いけないんだ――
暖野は顔を上げる。
「私、泣かない」
「そうか」
「うん。それは、今じゃない」
「……そうだな」
嫌でも泣かなければいけなくなる。たとえ泣きたくなくとも。残りの二日間、泣いてばかりはいられない。
今は、まだ……
そう。まだ――
「ねえ」
暖野は努めて明るい声で言う。「ここって、映画館とかあるのかな?」
「さあ。俺に訊かれてもな」
「ま、そうよね」
暖野は町行く人の一人に声をかけ、映画館か何か娯楽施設があるのか訊いてみることにした。
遊園地のようなものはあるが、残念なことに休日しか営業していないとのことだった。映画館もこの時間は上映していないらしい。その代わり、この先の辻広場で旅芸人が何かやっているようだと教えてくれた。
そこまで行ってみると、人形劇か何かがちょうど終わったところだった。
集まっていた人たちが三々五々散ってゆく中、暖野とフーマの二人だけが取り残される。
「せっかく来たのに……」
力なく立ち尽くす暖野の肩を、フーマが軽く叩く。
「すみません」
フーマが、片づけをしている演者の女性に言う。「今日は、これで終わりですか?」
「今から休憩して、それからだね」
「どれくらい後でしょう」
「そうだねぇ――」
ちょうどここから上部だけが見える時計塔を仰ぐ。「次の鐘が鳴る頃。小さな花火を三つ上げるから、それが合図だよ」
「ありがとうございます」
フーマが頭を下げる。
暖野も、それに倣った。
「よかった。フーマ、ありがとう」
「楽しみか?」
「うん。ちょっとね」
「俺も、興味がある。大道芸とかいうものに」
「なんだかフーマといると、何でも勉強にされてしまいそう」
「そうか? そんなつもりはないが」
「いいわ。まだ時間もあるし」
靴も買わないと――
暖野はそれもまた尋ねることにした。
そう、分からないことは聞けばいい。
作品名:久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下 作家名:泉絵師 遙夏