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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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6. 真っすぐな心


 フーマはファッションに関しては全く頼りにならない。観念した暖野は、まずはフーマの服を探すことにした。
 だが、ここで問題が発生してしまう。つまり、これは暖野にとっても初めての経験で、男性の服装や趣味について何も分からなかったということだ。さっき、あれほど偉そうなことを言っておきながら、いざ自分がそれをやろうとすると、困ってしまうのだった。
 沙里葉(さりは)にあったようなおかしな趣味の店ではなく、ここには普通の服屋もある。それでもショッピングモールのような大型店舗がないため、一軒一軒見て回らなければならなかった。
 町行く人たちの服装はあくまでも普段着で、着飾っているでもなくむしろ地味な方だった。
 どんな服装が似合うのかと、暖野がフーマを上から下まで見る。
 それを不審に思ったフーマが言う。
「どうした? 何かおかしいことでもあるのか?」
「ううん、そういうことじゃないの」
 それでもなお、暖野はフーマを見つめる。
 そうか――
 暖野は気づいた。
 特別だなんて思うから、分からないんだ――
 そう、暖野は自分の世界より転移してから、ほとんどの時間を制服で過ごしてきた。この統合科学院に来てからも、ここの制服が普段着のようなものだった。もう長いこと私服で外を歩くということ自体、忘れかけていた。
 普通でいいんだ。この町の人たちみたいに――
 一人で合点している暖野を、フーマが不思議そうに見ている。
「行こう、フーマ」
 暖野は彼の手を取った。
 私は、知らない間に特別扱いされていた。向こうの世界でもここでも、特別だった。でも、そうじゃない。私は普通でいたいだけ。特別なんて、どうでもいい。フーマが私を特別だと思ってくれる、それ以上のことは何もいらない――
 この町には既製服を売る店はほとんどなく、品揃えのある店はどこも古着屋のようだった。オーダーメイドがいいに決まっているが、そんな時間はない。さりとて新しい服を売っている店を探すのも骨が折れた。
 ここはもう、妥協するしかなかった。
 暖野は一軒の古着屋の扉を押し開けた。
 薄暗い店内に色とりどりの服が吊るされ、また積み上げられている。埃っぽくはなく、どことなく花のような香りが漂っているので、どれも清潔なのだろうことが窺えた。
「ねえ、これ」
 一応サイズ順に整理されているものの中から、暖野は薄紫のワンピースを選び出した。「どう?」
 胸元で合わせて、フーマに見せる。
「暖野は、それが気に入ったのか?」
「フーマに訊いてるのよ」
「ああ――。まあ、いいんじゃないか」
「そう……」
 他にも幾つか選んで見せたが、反応はどれも芳しくなかった。
 暖野はため息をつく。結局、自分で選ぶしかないのだと。
 最初に手に取った、淡い紫のワンピース。暖野はそれに決めた。他に白いレースのカーディガン、ちょっとお洒落っぽい、昔のお嬢様のような帽子。どれも今まで着たことのない、自分には似合わないと思っていた服だった。
 せっかくなんだから、今しか着られないものを着ろと言ったリーウの言葉を思い出して、暖野なりに思い切った。
 あとはフーマの服を見立てるだけ。本人が選びようがないなら、これもまた暖野がやるしかない。
 なるべく自分の選んだものに合いそうなものを探していると、どうしても無難になってしまう。最終的には、やっぱり時代遅れのようなものになってしまった。
 それでも制服のままよりはずっといい。あとでもっといいのが見つかれば、それを買えばいいだけなのだから。もらったお金はまだまだ十分すぎるほど余裕がある。
 会計を済ませ、試着室で早速着替える。映し見の中の自分は別人のようで、暖野はひとり狭い空間で照れ笑いする。
 今度こそ、ちゃんと言ってよね――
 一度息を整えて、暖野はカーテンを開けた。
 訊くまでもなかった。
 フーマが驚いた顔をしている。
「似合ってる?」
 それでも暖野は訊いてみる。
「あ、ああ。見違えた。お前は、やっぱり美しい」
「だから、その言い方」
「そうだな。綺麗だ」
「うん。ありがとう」
 暖野は微笑む。「じゃあ、次はフーマの番ね」
「俺も着替えるのか?」
「当たり前でしょ?」
「そうか」
 彼が試着室に入った後、暖野は自分の足元を見る。
 やっぱり、靴も新しいのを買おう――
 学院の靴は幾分お洒落であるとは言え、所詮は学生靴に変わりはない。それに、いま着ているワンピースにはどうもしっくり来ない。
 気兼ねなく買い物できる機会など、そうそうあるものではない。
 こういうのには、ヒールの方がいいのだろうかと考えているところへ、フーマが出てくる。
「どうだろう?」
 フーマが訊く。
「うん、いいよ」
 さっきよりは――
 その言葉は飲み込んで。
 似合っていないわけではない。でも、どうもイメージと違う気がするのだった。それに、やっぱりカジュアルな服装に学生靴は合わない。
「俺はどうも、苦手だ」
「じゃあ自分で選んでよ」
「ふむ」
 フーマが店内を見渡す。「やはり、このままが良さそうだ。俺には分からない」
「あ、そ」
「機嫌を悪くしたか?」
「あなたって私のことは色々分かるくせに、自分のことになるとさっぱりなんだから」
「俺は――」
「知識とか分析とかじゃなくて、自分が何をしたいのかも分からないなんて、呆れるわ」
「すまない」
「まあ、いいけどね」
 二人は店を出る。
「フーマの世界には、趣味とかそういうのはないの?」
「趣味か。高尚だな」
「え? そうなの?」
 暖野は驚く。
「違うのか?」
「だって、自分が何が好きかってことでしょ? それのどこが高尚なの?」
「俺の世界では、感性は資産だ。それは極めて高値で取引される」
「高値って……」
「オリジナルの感性は、それだけで価値を有する」
「じゃあ、フーマはそれを売ってしまったの?」
「勘違いするな。それを売ったとしても、オリジナルは残る。取引されるのはコピーだ」
「なんか、難しそう」
 暖野は遠い目をする。
 感性が高い価値を有する世界。
 ということは――
「ねえ。そのこと、詳しく聞かせてよ」
 感性が高値で取引される世界など、想像もつかない。そんな暖野の要請にフーマが応えて語り始めた。
「感性とは、お前も理解しているとは思うが、己が何を感じるかということだ。俺のいた世界では己が何を感じるかではなく、己がどう貢献できるかが重要とされている」
「それって――」
 そう言えば、フーマが寮住まいを希望したとき、職務がどうとか言っていた気がする。
「我々は通常、社会の維持、世界の一員として教育され、そのように生きるよう求められる」
「えーと、それは……」
 暖野は考えながら言う。「簡単に言ったら、何か仕事をしろってこと? それなら、私の時代と同じじゃない?」
「お前の時代では、それは法則に反した欲望システムだ。だが、俺の時代では一旦崩壊した世界の復旧と維持、そして二度と同じ過ちを繰り返さないよう組織されたグループがある」
「それって、私の時代に世界を壊してしまったってこと?」
「言い辛いが、そういうことになる」
「ごめんなさい……」
 暖野は俯く。
「なぜ、暖野が謝る」