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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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5. 期待はずれ


「付き合うって、それはもう」
「いいから」
 暖野は、フーマの手を引く。
 どこへ行こうというのではない。行く先も暖野自身ですら分からない。ただ、このままでは一歩も先に進めない。煮え切らないフーマにしびれを切らした。それだけのことだった。
「どこへ行く?」
「知らない」
「知らないのにか?」
「だって、フーマも何したらいいか分からないんでしょ?」
「だから――」
「もう、いいってば」
「待てよ!」
 フーマが立ち止まる。
 勢い、暖野も引き戻されるかたちになり、よろめいてしまう。
「何よ?」
「何をすればいいのかは分からない。だが――」
 暖野は次の言葉を待つ。
「お前の笑っている顔が見たい」
「……ずるい」
「何がだ?」
「全部、チャラになった」
「チャラ?」
「そうよ。あなたはずるい」
「俺がか?」
「責任とって」
「責任とは?」
「そう。私を、楽しませて」
「……」
「できないの?」
「暖野が、何を望むのかは俺には分からない」
「馬鹿」
「そうだな。俺も、そう思う」
「だったら――」
 暖野は目を閉じて顔を突き出す。
 フーマが、そっと唇を合わせる
 しばしの抱擁。
「分かった?」
「ああ……」
「じゃあ、連れてって。フーマのしたいように」
 二人は街路を歩き出す。
 前回はリーウに振り回されてばかりだったが、今日はそうではない。
「ね。朝ご飯、食べた?」
 そう、暖野は朝食も摂らないままだった。
「いや、まだだ。それどころではなかったからな」
「フーマって、本当にずるい」
「どうしてそうなる?」
「だって、それじゃ私が悪いみたいじゃない」
「お前は悪くない」
「だから!」
「ああ……暖野は、悪くない」
「うん。それで?」
「とにかく、だな。……何か食べてからにしよう」
「うん、そうね」
 以前に来た時の記憶では、食堂街のようなものはなかったはずだった。引きずり回されてよく覚えてはいなかったが、適当に見当をつけて通りを歩いて行く。
「ねえ、フーマは何が食べたい?」
「俺は、あまり料理には興味がない」
「分かってるけど……。たまには自分で主張してよ」
 そう、フーマが信頼してくれているのは嬉しい。でも全ての選択権を預けられるのは不満だ。
「そうだな……」
 フーマが考えるように、しばらく沈黙する。「調べたところ、お前の時代ではラーメンとかいうのが主食だったらしいが……」
「あー……」
 暖野は宙を仰ぐ。「それって主食じゃないわよ。ファーストフード。あと、お寿司とか天ぷらとかあったんじゃない?」
「そうだ。違うのか?」
 未来人とは言え、ただの外国人と一緒かと幻滅さえ覚える暖野だった。
「違うわよ」
 暖野は言う。「ふつう、デートでラーメンとかお寿司とか食べないよ」
「じゃあ、一般的には何を食べるものなんだ?」
 そう聞かれると、どう答えていいものやら困ってしまう。
「えーと……。ご飯、パン、それから――うーん……」
「まあ、お前たちの時代までは概ね雑食だからな」
 そう言われてしまえば、返す言葉もない。
「美味しければいいのよ。とにかく」
「そんなものなのか」
「そうよ」
「お前に任せるしかないな」
 暖野は溜息をつく。
「さっき言ったばかりなのに……」
「すまない」
「いいわ。だって、知らないんだし」
 これって、デートなんだろうかと暖野は思う。これまでイメージしてきたものと随分と違うような気がする。
ひょっとして、これがジェネレーション・ギャップってやつ――?
 いや、それは違うだろう。
 おいしいもの、おいしいもの……
「おいしいもの……」
「お前、何を言っている?」 
「おいしいもの――え?」
 頭の中で呟いていただけのつもりが、つい口に出てしまっていたらしい。
「そんなに空腹なのか? じゃあ、あそこで――」
「だめ!」
 即答する。
 フーマが指さしたのは、鶏の丸焼きの屋台だった。
 雰囲気の読めないフーマには任せておけない。フーマにとって、食事とは単に栄養補給でしかない。
「あ、あれ――」
 暖野は一件の店を指す。
「あれは、おこの――」
「いいから!」
 絶対にお好み焼きって言おうとしたでしょ――?
 暖野はフーマに全てまで言わせずに引っ張ってゆく。
「これ、知ってる?」
 店の前で、暖野は言う。
「そうだな。ジャパニーズピッツァとかいう……」
「そうなの?」
「確か、そう書いてあった」
 色々と問題はあるにしても、フーマも一応は暖野の時代について調べてはくれているのは分かった。だが、ここはお好み焼き屋ではなく、ピザ屋だ。
「とにかく、入りましょ?」
 そう、話は後でいい。
 外観は質素だったが、中に入ってみると結構本格的な店だというのが分かった。
 生地とソース、トッピングを選ぶスタイル。もちろんお薦めの定番もある。名前こそ違うが、サワートマトソースのミックスピザをオーダーする。焼き上がるまで席で待っているようにと奥の方へ案内された。。
「あぁ、お腹空いた……」
 暖野は腰を下ろすなり、お腹を押さえる。
 店の奥には広い庭があり、水草の浮いた池を囲むテーブルの一つに二人はいた。
「お前にとって、空腹は苦痛か?」
「どうして、あなたはそんななの?」
「そんな、と言うと?」
「フーマはお腹空かないの?」
「空腹は単なる生理現象でしかない」
「お腹が空いて食べる。大事なことよ」
「お前の時代ではな」
「違う。食べるのは、お腹を満たすためだけじゃない」
「では、何だと言うんだ?」
「……」
 その時、ちょうど給仕が二人に飲み物を持って来た。
「あなたの時代では、食べるものに選択肢はないかも知れないわ。でも、美味しいものとそうじゃないものがあったら、どっちを食べる?」
「当たり前だ、美味いものを食べる」
「でしょ? だから、何が美味しいのか、何が食べたいのか考えるのも楽しみなのよ」
「そう……かも知れないな」
「私ね、美味しいものが大好き。だから、フーマにもそれを知って欲しい」
「ああ」
 ふたりの前に焼き立てのピザが運ばれてくる。
「どう?」
 暖野は言う。
「確かに美味そうだ」
「でしょ?」
「お前の時代が羨ましいな」
「そんなに簡単に羨ましがらないで」
「怒ったのか?」
「そうじゃないけど」
 言いながら、胸の奥から湧き上がって来た思いに暖野は戸惑っていた。
 なぜだろう。どうしてこんな思いが――
「悪かった」
「ううん、いいの」
 暖野は努めて明るく言う。「冷めないうちに食べましょ?」
 どうもおかしい。
 おかしいというよりも、違和感。
 デートって、こんなの――?
 もっと楽しいものじゃないの――?
 ピザを一切れ、口元まで運んだ手が停まる。
「ねえ」
 暖野は言う。「私といて、楽しい?」
 そう、この状況を楽しめていない自分に対する違和感。つい先日まで、ただ一緒にいられるだけで楽しかったはずなのに、今はその実感がない。
「どうして、そんなことを訊く?」
「だって……」
「お前は楽しくないのか?」
「私、フーマがどうなのか聞いてるのよ」
 その言葉に、フーマはしばらく黙した。
「そうだな……。俺は、楽しいというよりも、落ち着けるといった方がいいのかな」